森の中に点在する露天風呂が人気の宿に育て上げた湯守の思いとは?
北海道は豪雪のためか、どこの温泉地でもわりと頑丈で無骨な鉄筋コンクリート建ての温泉旅館が多いように思う。
そんな中で、見事な広葉樹の森に囲まれて建つ上の湯温泉・温泉旅館銀婚湯は、風情漂う2階建て木造旅館である。
しかも、その広葉樹の森は館主が半世紀にわたる植栽によって作り上げた。
そして、その森の中をお客さんに逍遥してもらうために、露天風呂4ヶ所と屋根付き1つの外湯を設けた。
この将来を見据えた地道な努力が、現在の人気の温泉旅館へと見事に結実した。
しかもまだ整備途上だという。
その熱い情熱と足跡を飄々と語り尽したインタビュー。
川口 忠勝 (かわぐち ただかつ) /1938 (昭和13) 年2月23日、温泉旅館銀婚湯の長男として生まれる。地元の小・中学校を卒業後、北海道立八雲高校に進学。若い頃は逃げ出すことばかり考えていた時期もあったそうだが、30歳頃に観念して家業の3代目を継ぐ。公子夫人との間に4児の父。現在は家督を息子夫妻に譲り、もっぱら自然環境整備に精魂を傾ける日々を送っている。
会長でもなく自然保護担当の管理人?
飯出 まずは、お久しぶりです。もう10年近くになるかもしれないですね、前お訪ねしたのは。
川口 そうですか。度々、本では銀婚湯を推薦いただいてありがとうございます。
飯出 北海道で一番良いお宿というと銀婚湯って僕はおすすめしてますから。
川口 本当に感謝してます。それにしても、北海道で暑い日が続いていて珍しいですよ。
飯出 もう3日くらい続けて暑いでしょ?
川口 そうですね。
飯出 洋平さんにもう家督は譲られたんでしょ?
川口 えぇ、もう全部。7年前に結婚してからすぐですね。今、双子の孫が7歳かな。
飯出 あ、双子ですか。
川口 双子の上に女の子がいて、孫は全員女の子で3人います。
飯出 それは賑やかですね。かわいいでしょ?
川口 やぁ、孫の言いなりです(笑)。
飯出 お子さんは何人ですか?
川口 4人です。洋平が長男で、次男は八雲、長女が伊達、もう一人の妹は札幌にいます。
飯出 じゃあ、この宿に関わっているのは長男の洋平さんだけなんですね。もう、息子さんとお嫁さん (涼子さん) に任せっきり?
川口 お任せですね。
▲植栽したとは思えないほど、見事な樹木に覆われたエントランスが旅人を迎える。
飯出 川口さん、社長って呼ばせない派でしたよね?
川口 私は、昔から社長っていうのは嫌いでして(笑)。
飯出 支配人っておっしゃってましたよね。今は会長?
川口 会長でもないです。
飯出 会社組織でしょ?
川口 一応ね。
飯出 じゃ、会長じゃないですか(笑)。
川口 いや会長じゃないです、管理人ですね(笑)。
飯出 もっぱら外の自然保護担当?
川口 そうですね。なので、管理人です。
▲フロントに続く薪ストーブのあるロビー。心落ち着く空間が銀婚湯ワールドへと導く。
大正天皇の銀婚式の年に大量の温泉が湧出
飯出 歴史的なことから聞きますけど、銀婚湯は大正天皇が銀婚式の年に開業されたって伺いましたが?
川口 開湯がその年で、宿としての開
▲館内には内湯+露天風呂が2ヶ所あり、交替制。写真は「渓流の湯」の大きな内湯。
飯出 確か大正15年12月が昭和元年ですから、温泉湧出は大正天皇が
川口 そうですね。大正14年5月10日が大正天皇の銀婚式だったんです。その日に大量にお湯を見たということで、銀婚湯と名付けようと。
飯出 へぇ。祖父さん、祖母さんは、川口さんのお父さんお母さんですか?
川口 いえ、私の祖父さん、祖母さんです。私、祖父さんは会ったことないんですよ、祖母さんは健在でした。
飯出 で、川口さんのお父さんとお母さんが2代目をやられて、そうすると3代目になるんですね。元々、お祖父さんとお祖母さんはどこから来られたんですか?
川口 祖父さんは北海道で、祖母さんは新潟の人ですね。祖父さんは南部から来て函館の近くの今は北斗市になってるんだけど、渡島大野 (駅は新函館北斗駅に改名) ってとこがあるんですけど。
飯出 そこに開拓で入ったんですかね? 南部は苦労したんですよね、戊辰戦争で。相当痛めつけられてね、大体土地の悪いところに追われて。
川口 それから色々事業をしたそうですよ。私も詳しくはわかりませんけど。
▲植栽のすぐ下が落部川で、微かにせせらぎの音が聴こえる「渓流の湯」の露天風呂。
旅館仕事は女将に任せて環境整備に専念
飯出 川口さんはここで生まれたんですか?
川口 そうです。ここで生まれて育って。小・中学校はここにあって、高校は八雲で下宿して。
飯出 昭和13年生まれでしたっけ? 何月生まれですか?
川口 2月23日。
飯出 何歳頃にここを継がれたんですか?
川口 30歳頃ですね。
飯出 それまで何をしてたんですか?
川口 私は25歳くらいにちょっと手伝って、ここから逃げるチャンスをうかがってたんです(笑)。
飯出 え、そうなんですか、何かされたんですか?
川口 高校出て、小さいですが農業もやってたし、牛も飼ってたので。ここは山でしょ、だからこのまま過ごしたくないという思いで逃げようと(笑)。
飯出 でも、諦めてここを継がれたのが30歳くらいと。その頃に奥さん (公子さん) と結婚されたんですよね?
川口 そうですね。ここ継いで間もなくですね。
▲前庭の一角にそびえる「夫婦水松」の前で川口忠勝・公子夫妻 (2013年9月撮影)。
飯出 奥さんは地元の方ですか?
川口 八雲です。
飯出 奥さんいいですよね、元気で明るくて。
川口 元気でね。うちは女房がいなければ、この宿は成り立たなかったんじゃないかと。私は人嫌いだったもので、どうも落ち込んでる暗い人間だったんで(笑)。
飯出 奥さんも早生まれだそうですね。昭和20年で早生まれとか。
川口 よくご存知ですね(笑)。
飯出 さっき、ちらっと聞いたんですよ、事前聴取(笑)。そうすると7歳違い? どうですか、7歳違いってのは?
川口 まぁ、うちの女将には感謝ですよ。女将いなかったら、この商売は成り立っていなかった。やはり、女性が主役ですよ、この商売は。ですから、私は環境整備に専念できたんです。
飯出 なるほどね。まぁ、しかし良いお宿に進化しましたよね。これで洋平さんに任せて安心でしょ?
川口 いやぁ、わからないね(笑)。でも、今ね、若女将もよくやってくれてますよ。
飯出 若女将さんはどこから?
川口 八雲です。
飯出 あ、結構、地産地消ですね(笑)。うまいこといってますね。
▲「温泉旅館銀婚湯」の玄関前で、川口忠勝・公子夫妻と後継の洋平・涼子夫妻。
桜を伐って紅葉の植栽に変更
飯出 この周りの植栽はすべて川口さんが植えられたんでしょ?
川口 そうですね。
飯出 北海道の植生じゃないですよね? モミジはどこのですか?
川口 モミジはこの辺にもあるんですよ。モミジを持ってきたのは大沼近辺からほとんど持ってきたの。
飯出 あ、そうなんですか。
川口 このモミジを植えるきっかけは、うちの祖母さんが宿をやり始めたときは桜を植えてたんですよ。
飯出 桜は大変でしょ?
川口 70本くらいかな。この辺は桜の名所だったんですけど、ところが桜っていうのは結構病気がつくんです。毛虫がつくしね。で、うちの祖母さんが「あの枝を伐れ、あれを落とせ」って私は子供の頃から木に登らされて、そういうことをやってました。
飯出 はぁ、子供の頃からお手伝いしてたんですね。
川口 病気が出ると先端まで登ることはできないので、下の木から伐らなきゃいけなくて。そんなことで木のバランスがめちゃくちゃですよ。本当は木っていうのは老木になったら、それなりに自然に整えて「おぉ、これはすごいな」っていうのが普通ですよ。これじゃ、将来この木に携わっていたら時間がなくなると思った。
飯出 それは、お祖母さんが亡くなってから伐ったんですか?
川口 はい、そうです。
飯出 生前に伐ったら、お祖母さんひっくり返っちゃいますもんね(笑)。
川口 それで、この辺は桜の名所は森町、函館、松前。で、桜はそういうところにありますからそちらへどうぞと。それで、ここはモミジでいこうと。
飯出 今のこの感じにするには何年かかりました?
川口 モミジ植えて、30年経つかな。
飯出 吊橋は前からあったんですか?
川口 あれは、向こうに1軒農家があったんです。その農家の生活のための吊橋だったんです。それが、離農をしまして、銀婚湯は土地がなかったので、川向こうからこちらまで1町5反くらいしかなかったんです。
▲対岸から見た吊橋。宿の建物のほとんが見事な植栽の森に覆われているのがわかる。
飯出 1町5反というと?
川口 3000坪くらいですかね。
飯出 3000坪ったら結構すごいですけどね。
川口 私は、環境整備がこの商売で大事だとそう思ったんです。そう思っていたときに、農家が離農したので、それを買い受けさせてもらって。
飯出 そっちにも木を植えたんですか?
川口 そうですね。
飯出 へぇ、森になってますもんね。
川口 あれは、駒ヶ岳から持ってきた木でなく、この辺にあった苗を集めてそれを植えたんです。30代頃から植えてるから50年は経ってますね。
▲吊橋で落部川の左岸に渡ると3ヶ所に散在する貸切風呂に手作りの案内標識が導く。
歩いてもらおうと作った露天風呂
飯出 それで、遊歩道を整備して、貸切露天風呂は向こうに3つありますよね。一番最初の露天風呂は桂の湯?
川口 いや、湯量が欲しくて、まずトチの湯のところをボーリングして。ところが毎分12リットル、49度の少量のお湯しか出なくて。しばらく放って置いたんですが、それから遊歩道作って、お客さんに歩いてもらうために。1〜2人、入れるお風呂ありますよって言ったら、お客さんが歩いてくれるなと思ったんです。それでトチニの湯をまず作ったんです。
飯出 なるほど。
川口 そしたら、お客さん、遊歩道が目的で歩くんじゃなくて、お風呂に入るのが目的で遊歩道を歩くんですよね。それで、お客さんはこういうこと求めてるんだと。で、お風呂を散らばらせたんですよ。
飯出 そしたら歩かざるを得ないと(笑)。
川口 ですから、あのお風呂があるから、お客さん、外歩きますよね。その道中を楽しんでほしいので、そのために植栽が大事だと。
飯出 それで、順番的にトチニの湯の次に作ったのは?
川口 トチニの湯のあとは、もみじ、どんぐり、かつら、杉と作りました。
飯出 よく作りましたよね。それが今、銀婚湯の看板になりましたもんね。
▲一番離れた上流部の川岸にある「トチニの湯」。ここは独自の源泉で、湯船は2つ。
山から持ってきた木はそれぞれ個性がある
川口 狙ったことはできてますね。外に緑がいっぱいあって、それで気分が悪いっていう人はいないと思うんです。私の願いが叶いつつあるなと。
飯出 まだ、完成じゃない?
川口 まだね(笑)。
飯出 あの桂並木なんて、すごいじゃないですか。
川口 そうですね。あれは私、種から植えたんですね。
▲種から育てた見事な「かつら並木」。この先に「かつらの湯」と「杉の湯」がある。
飯出 はぁ。もう30年は経ってます?
川口 40年くらい経ってますね。
飯出 桂っていいですよね。紅葉も透明感のある黄色で。
川口 桂好きなんでよ。秋にね、甘〜い香りがするんですよ。トチニの湯に行く途中にも桂並木を作りたいと思って、今、林になってる、あっちの林の方が将来性ある(笑)。
飯出 へぇ〜。それで、関心したのは、庭が茶室に通じるような感じの敷石だと思ったんですけど、あの庭は庭師に頼んだんですか?
川口 えぇ、庭師に頼んでます。やはり年数ですね。植栽しても山から持ってきた木はそれぞれ個性があります。そうすると自分の個性で立ってるんですけど、年数経つとそれぞれの個性同士がぶつかって、そして自分はこっちに枝を伸ばすというような、黙っててもバランスを保っていくんですよ。
飯出 お互いに。
川口 自然の山でも雑木林のバランスが良いというのは、それぞれ自分の位置を決めて、お互いに譲り合って、そしてバランスが取れていくんですよ。ですから、この庭も年数経つに従って、そういう味が出てきつつあるんです。
▲森の中を抜けて外湯に行くが、その風情はまるで茶庭を行くかのような雰囲気だ。
川向うの温泉には自ら掘削した温泉も
飯出 今、トチニの湯だけ独自の源泉使ってらっしゃるんですよね? 源泉は全部で何本あるんですか?
川口 5本あります。
飯出 で、そのうちの4本を混合にして、他のお風呂にも供給してるんですか?
川口 そうです。
飯出 全部合わせると相当な量でしょ?
川口 温度は高いですが、トータルで170リットルくらい。そして、川向こうの最後の温泉は自分で掘ったんですよ。当時ボーリングしてくれるのは1〜2人しかいなくて、手がないんですよ。私も手伝ってボーリングの仕組みを覚えたんですね。
飯出 なるほど。で、やってみようと?
川口 ボーリング屋さんにお任せしてたんだけど、その人が入院しちゃって。でもボーリングの届け出の期限が決まってるので、ボーリング屋さんに機械貸してくれないかということで、自分で借りて掘ったんですよ。やっぱりそう簡単ではなかったですけど、120m掘れば出るんですが、そこはちょっとしか出なくて320mくらい掘ったけど出なくて、ドリルが2本だけ残って、あと残り1本ってところでドンと湯がきたんですよ。いや〜それは嬉しかったですね。
飯出 ここは駒ヶ岳の脈なんですか?
川口 そうです。火山性の温泉ですね。
▲吊橋を渡って右手に進むと、落部川の一番上流の川岸に「どんぐりの湯」がある。
2027年に迎える開業100周年
飯出 銀婚湯は開業以来、何年経ったんですか?
川口 あと5年 (2027年) で開業100年です。
飯出 へぇ、素晴らしい。100年近く商売してきて、このコロナ禍はどういう思いでしたか?
川口 いや〜まず体験したことないダメージありました。今でもあります。とにかく人が出歩いてはならないというんですから。
飯出 銀婚湯って、意外とお客さんは地元というより都会が多いでしょ?
川口 そうですね。
飯出 もちろん銀婚式の記念にっていう人も多いでしょうけど、今はそんなことないですよね。
川口 うちは団体のお客さんって少なかったので、そういう面では逆に良かったですね。
飯出 今、お部屋は何部屋ですか?
川口 21部屋です。
▲落ち着いた雰囲気の客室の窓からも豊かな樹木が望まれる。写真は「栴檀」の間。
飯出 いいとこですね。それ以上多くても大変でしょうし。
川口 そうですね。
飯出 それでは、インタビューはこのへんにしますが、お体に気をつけて、理想とする森を作り上げてくださいね。
川口 はい、わかりました(笑)。
…あとがき…
北海道でどこが一番好みのイチオシの温泉宿ですか? との問いには即座に「銀婚湯ですね」と答えている。
このインタビューは8年ぶりに再訪した際のものだが、川口さんの記憶力の確かさには驚かされた。
その間、宿は息子さん夫妻に見事に引き継がれ、益々進化していた。
もちろん8年も経てば樹木も育っているが、さらに植栽が進み、なかでも桂並木の美しさには感嘆した。
前回お邪魔した際、私は社長じゃなくて支配人です、今回も会長ではなくて自然保護管理人ですよ、とおっしゃっていた。
そのポリシーは、頑固なまでに一貫している。
「女将がいなかったら、この商売は成り立っていなかった」とさらりと語っていたが、奥さまに寄せる深い信頼と愛情が吐露されていて、一番沁みる言葉だった。
2027年に創業100周年を迎えられるという。
そのときには直接、祝辞をお伝えに伺いたいと、いまから楽しみにしている。
(公開日:2022年5月28日)
◆カテゴリー:湯守インタビュー