検索

vol.6/天城湯ヶ島温泉 落合楼村上・村上 昇男

老舗を守り続ける矜持

飯出 もともと、ここは金山のお客さんの迎賓館として建てられたお宿ですよね?そのときに「眠雲楼」という名前だったのを、川が落ち合うところなので、山岡鉄舟が「落合楼」という名前を贈ったといういわれは聞いたんですけど。

村上 一番最初の名前は、山岡鉄舟の義理の兄、高橋泥舟 (勝海舟の弟子) が「眠雲楼」という名前をつけてくださったんですね。眠る雲というのは山懐の深いところで幽玄な世界という意味合いとのことですが、まぁそういう場所に旅館が建っているんだよということで。その看板も残っているんですね。

飯出 あーなるほど。

村上 で、それが1874 (明治7) 年創業。それから7年後の1881 (明治14) 年に山岡鉄舟が来て2つの川が落ち合う辺りに建つ宿と詠ったことから、「落合楼」に改名されたと言われてますね。で、最初は「眠雲楼」という3文字だけだったのが、「落合楼」がつくことによって、「眠雲閣落合楼」にしたんですね。

飯出 楼が2つ続くから、それで一方を閣にしたんですね。

村上 はい。「眠雲閣落合楼」の6文字になって2002 (平成14) 年までずっと。


▲今回のインタビューの場所にも利用された、レトロモダンな雰囲気が漂う読書室。

 

飯出 で、どうですか?いざ、引き受けてみて。

村上 もう、ようやく、よくここまで持ってきたなというぐらいで。

飯出 大変ですよね。維持管理ももちろん大変でしょうけど。お部屋の稼働は15部屋でしょ?そんなに高い宿泊料金じゃないじゃないですか。これだけのレベルの宿にしては。

村上 はい、それでもやらなきゃいけないだろうってことで、スタートしたんですけどね。まぁ、15年よく持たせてもらったですね。

飯出 ですよね。経営は大変でしょうけど、借金がどんどん嵩むわけじゃないんでしょ?

村上 まぁ、そりゃそうですけどね。ただ、「落合楼村上」として営業する前に、周りには改装されたり代替わりした新しい宿が出来ましたし、その後もこの地域は投資が進んでいますので、本来うちも投資をしていかないと陳腐化していくっていうのはあるんですね。なかなかそこまでいけない状況で。

落合楼村上/個室食事処
▲食事は椅子席の個室食事処に1品ずつ用意され、ゆっくりと味わうことができる。

 

湯ヶ島温泉の現状と展望

飯出 今、湯ヶ島温泉は稼働しているのは何軒くらいですか?

村上 旅館組合に入っているので14軒ですね。

飯出 だいぶ減りました?

村上 もう、かなり少ないですね。私が最初にいた頃は20軒くらいあったんですかね。

飯出 この奥の、梶井基次郎ゆかりの「湯川屋」さんはもうやってない?

村上 もうやってないです。私たちが旅館やり始めた頃はやってましたけど。

飯出 あぁ、そうなんですね。

村上 「湯本館」さんと「白壁荘」さんは古いですよね。

飯出 「白壁荘」のご主人は立派な方でしたよね。「湯本館」の名物女将さんももういらっしゃらないでしょ?でも、みんな人手には渡らずにやっているんですね?

村上 はい。「湯本館」さんは、女将さんの姪御さんご夫婦がお入りになってやってらっしゃいます。旦那さんは農協に勤めていた方で、勉強熱心でいらっしゃいますね。「湯本館」を継がれた後は文学に関するいろいろな本を相当読まれていたようですね。

飯出 「白壁荘」は娘さんになるのかしら?

村上 「白壁荘」はご親戚の方が引き継がれているようです。

飯出 村上さんのところは?

村上 うちは、息子が1人います。今、川崎の会社に勤めています。

飯出 おいくつ?

村上 25歳ですね。

飯出 継いでくれそうですか?

村上 まぁ、「いづみ荘」のときから、大女将について回っていたんで、旅館は相当好きだと思いますね。

飯出 あぁ、本当に。

村上 まぁ、ただうちが継げるような旅館かどうかっていうことが、その前にあるんで(笑)。継がせられるような旅館にしてから、継げるようにしないといけないんで。

落合楼村上/夕食の前菜
▲ある日の夕食の前菜。地元の旬の野菜をふんだんに使った繊細な料理に定評がある。

 

飯出 まだ、まぁ20年くらいはいいですね。

村上 まぁ、まだ25歳ですから、外でいろいろ勉強してから戻ってきてもらって。

飯出 息子さんのお名前はなんておっしゃるの?

村上 恵祐 (けいすけ) といいます。

飯出 まだ、社会に出て何年も経ってないですね。

村上 まだ、3年目くらいですね。

飯出 でも、旅館が嫌いじゃないって思いがあるのなら、引き渡すにはもうちょっと頑張んないといけないですよね。それで、奥さまのご両親はご健在ですか?

村上 おかげさまで元気で。

飯出 あぁ、そうですか。

村上 本当にいつも心配してもらいながら。もう2人とも80歳過ぎですね。でも、伊東から車でこちらまで来て、今日も正月飾りを母がしてくれました。大体、うちの母が飾り物を全部やってくれているんで。

飯出 お住まいは村上さんも伊東なんですか?

村上 今は、もうこの中です。両親だけ伊東です。

天城湯ヶ島温泉 落合楼村上・村上昇男

飯出 まぁ、頑張ってもらうしかないんですけどねぇ(笑)。

村上 そうです(笑)。

飯出 もう、宝ですからね。この中伊豆では国の登録有形文化財の宿は2軒だけでしょ?修善寺の「新井旅館」とここだけですもんね。

村上 そうですね。

飯出 でも、湯ヶ島は修善寺よりはマシですね。まだ「湯本館」や「白壁荘」、そして「落合楼村上」と、木造の宿が残っていて昔の趣はあるので。「湯川屋」さんがやめちゃったのは残念ですけど。「湯川屋」さんの近くの「世古の湯」(共同湯)はまだあるんですか?

村上 まだあります。

飯出 一般の人も入れてもらえるんですか?

村上 はい。入れます。

飯出 「河鹿の湯」は知られてるんですけど、「世古の湯」は記事にしても悪いかなって気でいるんですけど。

村上 結構、熱いらしいですけど。私は入ったことがないんで。

飯出 そうなんですね。僕は、昔から温泉を仕事にしてきてるんですけど、湯ヶ島っていうと「湯本館」と「湯川屋」は文学ゆかりの宿だったので、結構思い入れはあったんですけどねぇ。

村上 でも今、その「湯川屋」さんは別の方に譲られて新しい方が建物を所有されてますけども、営業はされてないですが、学校の先生じゃないかと思うんですね。なので、文学に関しては協力的なようで、毎年1回、梶井基次郎先生の「檸檬忌」というのをやるときに中を見せていただいたりとか、今でもあるんですね。

飯出 なるほど。我々はこういうお宿は宝だと思うんで、本当に嬉しいです。

村上 そうですね。15年前に出来るかどうかわからないときに、この建物に関わって一生の仕事に出来ることだと。


▲建築の粋と匠の技を見学する館内ツアーが毎朝(10時から約40分間)実施される。

 

「老舗旅館で結婚披露宴」をトレンドに

飯出 ところで、ここでは結婚式もされているんですか?

村上 はい。そうです。昔からですね、年に数組くらいは声をかけていただいて、披露宴を承っていたんですけれども、ここ最近少し積極的に営業していこうということで、年に6組から7組くらい。

飯出 挙式はどこでするんですか?

村上 様々です。人前結婚式であれば「落合楼」の中で祝膳という形でやりますし、三島大社でやる方もいらっしゃいますし。あとはご自分のご実家の近くの神社で挙式して、バスで移動してここで披露宴をやるという方もいらっしゃいます。

飯出 大体、おいくらくらいで出来るものなんですか?

村上 もう、宿泊費プラスアルファくらいですね。

飯出 大体、皆さんお泊まりになるの?

村上 はい。宿泊のお料理がちょっと豪華になって披露宴用のお食事にすることと、あとは大広間を披露宴会場にセッティングするので、それにプラスアルファいただくくらいなので、どちらかというとお得かもしれないですね。結婚式場でやっても、1人3万から4万かかるのであれば、うちだったら同じくらいで宿泊まで出来ちゃう感じなので。

飯出 今後も、積極的に受け入れていこうという感じですか?

村上 そうですね。2年前くらいにフランス人の新郎と日本人の新婦が来られて、1年くらい前から予約をいただいていたんですけれども。その方々は、新婦のご実家が東京で、東京の神社で挙式を挙げて、渋谷のスクランブル交差点で朝早く全体の集合写真撮って、それでバスで移動してうちに来て、みんなで泊まって披露宴をすると。

飯出 すごいですねぇ。

村上 それがうちのサイトの中でも映像で残ってるんですけれども。

落合楼村上「紫檀の間」結婚披露宴
▲大広間「紫檀の間」を会場に行われる結婚披露宴。国際結婚のカップルも利用した。

 

飯出 積極的に『ゼクシィ』(結婚情報誌) とか、そういうのにも広告を載せてるんですか?

村上 いや、もう正直、広告代は高くて目が飛び出ちゃいます。もう、そういうところに広告を出される施設は、年間20~30件はこなさないと出せないですね。

飯出 あとは、披露宴の料金に上乗せすることになっちゃいますよね。

村上 全然、費用対効果が合わないですね。うちの場合には。どちらかというと、サイトを見ていただける方とか、うちでお世話になっている和装屋さんや写真屋さんであるとか、そういう方々のご紹介とかというのが多いですね。

飯出 そういうときには、応援の人たちを呼ばないと手が回らないですよね?

村上 そうですね。

飯出 普段は何人くらい従業員抱えてるんですか?

村上 従業員はパートさん含めて総勢25名くらいです。

飯出 もし放っておかれたら、リノベーション会社が買収して鉄筋のホテルみたいなの建てちゃいますね。

 

湯守としての覚悟

村上 最初の「落合楼」やるときに、金融機関も本当に早く再生しなきゃいけないという事情があったのと、普通にビジネスとして売買するというベースでみると、ブラックボックスばっかりだったんですよ。私が判子押した後に話が違うことなんて、いくつもありましたから。

飯出 はぁ。それは、金融機関が隠してたってこと?

村上 隠しているわけではなかったと思いますよ(笑)。ただ、僕はそういうブラックボックスがあるっていうのはわかってはいたんですね。彼らがわからないところもたくさんあったし、間違っているところもあっただろうし。結局、(川向こうからの)渡り廊下を使わせてほしいっていうのも今はクローズになってますし…。

飯出 うーん、なんかやりきれない話ですねぇ。

村上 まぁ、いろいろなことが口約束であったりするところがあって。もうそれは判子押したときに、判子押した以上は自分の責任でやっていこうというスタンスできてたんで、どうなっているんだっていうのは一切言わなかったですけど。

飯出 まぁ、想定内だと。

村上 想定内の範囲でいこうと(笑)。金融機関には一切言わず、どう対処するかに終始してましたね。

飯出 それが、湯守としての覚悟、ということなんですね。

飯出敏夫/村上昇男

 

 

…あとがき…

湯ヶ島といえば、文学ファンには川端康成『伊豆の踊子』の舞台として、また井上靖が5~13歳を過ごしたことで知られる、中伊豆を代表する名湯である。
その当時の湯ヶ島の風物や人々の暮らしぶりは井上靖の自伝的小説『しろばんば』『夏草冬濤』に活写されているが、その小説上ではこの落合楼も『しろばんば』では「渓合楼」、『夏草冬濤』では「伊豆楼」という名前で登場している。湯ヶ島を訪ねる際に一読してから出かければ、湯ヶ島の風景もひと味違ったものとして映じるにちがいない。
国の登録有形文化財の湯宿は各地にあるが、その中でもこの「落合楼村上」は出色の存在といっていい。
宿泊客はすべて国の登録有形文化財の部屋に泊まることができるだけでなく、その歴史を刻んだ建築美と贅沢な空間、料理のクオリティ、風呂の快適さ、堅苦しさを感じさせない居心地の良さ、そして意外に安価に感じる料金設定  (適正なのか?) にも驚かされる。
その多くは村上さんご夫妻およびスタッフの優しい接客と温かい人柄によるものと思われるが、それにしてもこの宿が利潤最優先のリノベーション会社をはじめとする経営者の手に落ちず、縁あって村上さんご夫妻に継承されたことは幸運だったというほかはない。
この一度壊してしまったら二度と造れない大切な温泉財産を守り続けていくには、一人でも多くの人に泊まりにいき、支え続けるサポーターになっていただきたいと切に思う。

(公開日:2018年2月9日)

◆カテゴリー:湯守インタビュー


 

落合楼村上の詳細はこちら

天城湯ヶ島温泉・落合楼村上/洞窟風呂

1 2
5

関連記事

先頭へ戻る