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Vol.10/高峰温泉 ランプの宿 高峰温泉・後藤英男

「自然との共生」をテーマに、超人気の“雲上の湯宿”を育て上げた苦労人

高峰温泉は、長野県と群馬県の県境、標高2000m付近に広がる高峰高原の稜線上に建つ一軒宿だ。
かつては現在地から30分も下った高峰渓谷の源頭に建つ「ランプの宿」だったが、昭和53年 (1978) に火災で焼失。
苦労の末、昭和58年 (1983)、ようやく標高2000m付近の現在地に再建した。
現在は、高山植物の宝庫・高峰高原をはじめとする自然美に恵まれ、四季折々にリピーターが訪れる人気の一軒宿となったが、その苦闘の歩みを知る人はそう多くはない。
「自然との共生」を胸に、訪れる人に驚くほどのサービスを発案・提供する後藤英男さんの、その稀代のアイデアマンの生きざまに迫るインタビュー。

高峰温泉・後藤英男さん

後藤 英男 (ごとう ひでお) /1昭和36年 (1961) 8月、後藤克己・けい子夫妻の長男として生まれる。1歳違いの姉 (京子さん) との2人姉弟。小諸高校2年生のときに宿が全焼したため、卒業後は再建資金を得るために地元の企業に勤務。昭和58年(1983)、家族一丸となって現在地に念願の再建を果たし、高峰温泉の3代目として、予約のとりにくい人気の湯宿に育て上げた。2女の父。現在、小諸旅館ホテル組合長、食品衛生協会小諸支部長、「日本秘湯を守る会」副会長。(2019年1月現在)。

 


「ランプの宿」の苦闘の歩み

飯出 まず、歴史からいうと、後藤さんの曾祖父が明治中頃に開発を手がけ、苦難の末にようやく湯宿を開こうとした矢先、明治35年 (1902) に鉄砲水で壊滅。その遺志を継いだ祖父さん (一さん=はじめさん) が苦闘の末、建物を造り、開業にこぎつけたのが昭和31年 (1956) ということでしたよね。

後藤 そうですね。場所もここから30分ほど下った谷底、高峰渓谷沿いにある「ランプの宿」でした。

飯出 ところが、昭和53年 (1978) の晩秋に火災に遭って焼失してしまう。このとき、後藤さんは何歳ですか?

後藤 高校2年です。

飯出 後藤さんは、何年生まれ?

後藤 昭和36年 (1961) 生まれです。

飯出 若いですねぇ、やっぱり(笑)。そのとき後藤さんは地元の高校生でしょ?

温泉達人・飯出敏夫

後藤 はい。小諸高校に行ってました。できるだけ一番山に近い学校を選んで。

飯出 そこの宿から通ってたんですか?

後藤 はい。

飯出 ということは、後藤さんが22歳くらいのときですね。それまで、どこかに勤めてたんですか?

後藤 佐久のオーディオやテープを作っていたTDKで、三交替の仕事をしてました。少しでも稼がないといけないので。そういう時代だったんですね。

飯出 後藤さんは、お宿を継ぐ気持ちはもうあったんですか?

後藤 当時からありましたね。高校卒業してから手伝うかって話もあったんですけどね。まぁ、火事で焼けちゃったんで、とにかく目処が立つまでは金を稼いでおかないと、ということで。やらなきゃいけない状況でしたね。

飯出 再建するのと同時に、TDKを辞めてすぐ手伝ったんですか?

後藤 そうです。まぁ、TDKにいるときでも手伝ってはいましたからね。

飯出 はぁ。なるほどね。

後藤 まぁ、山でうちの親父(克己さん)が温泉のボーリングをやったもんだから、そんときにいろんなものを運び込んできたりだとか、配管やるときとかは手伝いましたね。

高峰温泉・ランプの宿 高峰温泉/外観
▲高峯山登山道の途中から見た、尾根上に建つ高峰温泉の全景。バックは水の塔山。

 

どんな温泉だったのか?

飯出 下にある温泉を掘り当てたんですか?自噴じゃないんでしょ?

後藤 自噴じゃないです。

飯出 それは、お祖父さん (はじめさん) が掘ったわけ?

後藤 明治の代は、自噴で出ていたみたいなんです。だけど、鉄砲水で流された後、昭和29年のときには祖父さん (はじめさん) がボーリング機械をここに持ってきて、230mくらい掘ったんです。その当時、32度のお湯を加温しなきゃいけないので、あえてそんなお湯で宿をやらなくてもって言われたんですけどね。

飯出 壊滅する前の自噴で出ていた頃は、もっと温度が高かったっていうことですか?

後藤 高かったようで、地元の人が入りに来てたみたいですね。当初は祖父さんもあまりやる気はなかったようですけど、そのお湯を分析した結果、非常に良い温泉だからと小諸の市長さんが推したために、やらざるを得なくなったみたいです。

飯出 そこの土地っていうのは、後藤さんの土地なんですか?

後藤 違います。国有地ですね。

飯出 国有地を借りて開発したってこと?

後藤 そうです。

飯出 (宿があった) 下のほうはそんなにうるさくなかったんですか?

後藤 当時はね。

飯出 まぁ、明治時代ですしね。その後、土石流で一旦埋まった後、お祖父さんがボーリングしてお湯を出したのが2号泉になるわけ?

後藤 1号泉っていうのは祖父さんが掘ったもので、うちの親父が2号泉と3号泉を掘ったんです。

飯出 あぁ、そうなんですか。じゃあ、すでにここに移ってお宿を始めたときは2号泉になってた?

後藤 そうですね。ちょうど天然ガスが出てたもんで、それを取ろうと思って2号泉を掘ったんですけど、2号泉掘ったときは天然ガスが逆に出なかったんですよ。それで、3号泉を掘っているときに井戸を曲げちゃって、それを修正している間、2号泉を使ってたんですね。

高峰温泉/ロビー
▲1階のロビー。天然ガスを使った暖炉 (右) とテーブル席。階段上はランプ型の照明。

 

現在の使用源泉は3号泉

飯出 3号泉っていうのは、お父さんがまた掘ったわけ?

後藤 掘ってはあったんだけど、自噴しないから広げて掘ってたときに井戸を曲げちゃったので、正しい井戸がどこに行ったかわかんなくなっちゃって、それを探すのに20年くらい手間かかったんじゃないかな。

飯出 はぁ。

後藤 3号泉は、大体670mくらい掘りましたね。で、それが仕上がったのが平成16年ですかね。

飯出 それが今使ってるお湯ですか?

後藤 はい、そうです。

飯出 2号泉と3号泉、微妙に泉質違いますよね?

後藤 温度も10℃くらい違うし、硫黄の成分が結構強くなってきているのが今のお湯ですね。

飯出 ですよね。泉質名が含硫黄になってますから。僕が以前取材で来たときは、2号泉で、カルシウム・マグネシウム-炭酸水素塩泉だったですよね。26.2℃でしたよね?

後藤 はい。その頃は源泉と交互入浴すると、えらい冷たいっていう感じでしたね。

飯出 その感じはありましたけど、結構記憶に残るお湯でしたよね。今は本当に、硫黄分が2mm以上含まれている感じですよね。で、炭酸水素塩泉ではなくなってますもんね。

後藤 ええ。

飯出 でも、もちろんそういう要素 (炭酸水素塩泉) も入ってるんだけど、規定値よりはちょっと低いってことだけですもんねぇ。

後藤 はい、ただ入っている湯のあたりは今の方がすごく柔らかくなりました。

飯出 柔らかくなりましたね。

後藤 で、評価も今の方が高くなった。飲泉して飲んでいただくと、すごく便秘症に即効性があったり、糖尿病の方が数値が下がってびっくりされる方がいますからね。

飯出 まぁ、その辺の苦労話を親父さん (克己さん) に聞くと、延々2時間も3時間も終わらないんだけど、やはりここに宿を建てるって相当大変だったみたいですからね。

高峰温泉・雲上の野天風呂(男性)
▲2018年12月に造り替えた2代目「標高2000m 雲上の野天風呂」。少し大きくなった。

 

現在地への再建は昭和58年 (1983)

後藤 当時は、ここに建物を造るにあたって借金しなきゃいけない中で、温泉も水も揚げなきゃいけないってなると、通常建物建てるだけでも大変なのに、さらに別のお金がかかるわけですからね。建物にそんなに費用がかけられなかった、っていうのが正直なところですね。

飯出 ですよねぇ。

後藤 とりあえず、初めの10年営業していた平屋のときは、とにかく営業にこぎつけようってことで。

飯出 平屋の時代、それでも10年やったんですか?

後藤 11年くらいですね。

飯出 そうなんだ。当時僕が働いていた会社の編集部に後藤さんから手紙がきて、高峰温泉を復活したから見に来てくれって、しかも手書きの手紙ですよ。それで、取材に来たんですよね。

後藤 そうですね。覚えてます。何ヵ所も手紙を出したんだけど、来てくれたのは飯出さんだけでしたから。

飯出 それが、後藤さん、まだ相当若かったですよ。ご両親とお姉さん (京子さん) と4人だけでやってましたよね。大変だなぁと思ったけど。平屋のときはトイレがまだボットン便所だったし、臭いでけっこう苦労していましたよね。

高峰温泉/後藤さんご家族
▲左から、父・克己さん、英男さん、実姉の京子さん (この写真は2010年9月の撮影)。

 

後藤 そうですね。それを、ようやく借金も返して平成6年に今の2階建てに建て替えたんですね。

飯出 で、さらに相当進化させたじゃないですか。トイレも全室にウオシュレットのトイレつけたでしょ?

後藤 今から5年前くらいに、けっこうお客さんの電話でも部屋にトイレないか聞かれて、ないって答えるとそれだけで電話ガチャって切られちゃうんですよ。そういう時代がきているのを感じて、押入れを壊してスペースを空けてトイレにしたんですね。

飯出 あ、押入れスペースだったんですね。

後藤 二期に分けてやったんですね。凍結しないかとか、水が足りるかどうかとか。

飯出 平成16年の春に全室が整ったってこと?

後藤 はい、そうですね。

飯出 今、最低の料金は15,000円 (税別) にしましたっけ? 

後藤 14,000円が最低で、14,000円、15,000円、16,000円の3タイプですね。

飯出 まぁ、秘湯の宿でも気持ち高めの宿になりましたよね。

後藤 そうですね。その分、料理を月ごとに季節によってメニューを変えて、レベルアップしていこうということにしました。

飯出 今、何部屋ありますか? 

後藤 部屋数は23部屋です。

飯出 まぁ、いいとこですね。このくらいがね。なかなか多くなると大変だし。

後藤 もっと減らしてもいいくらいですけどね。今、1人のお客さんも増えてきてますから、そこそこ部屋がないとね。

飯出 1人の場合は、プラスいくら?

後藤 1,000円です。

飯出 一人旅も泊めているわけですね。それは、あんまり早くだと1人では予約はできないでしょ?

後藤 大体、ハイシーズンのときは1週間前くらい。空いてればですね。

 

「自然との共生」をテーマに

飯出 後藤さんが専務のとき以来、方針はすべて後藤さんが主導してきてるわけでしょ?自然に親しむような仕掛けとかは。

後藤 えぇ。

飯出 あれは、いつぐらいから始められたものですか?

後藤 最初は送りくらいしかやってなかったんですけど、ガイドを始めようと思ったのは、「日本秘湯を守る会」の岩木さん (※会の創設に尽力した元朝日旅行会の社長) にけっこう怒鳴られましてね。

飯出 あぁ(笑)。

後藤 儲けばっかやってんじゃないよと。せっかくやるんだったら、お客さんの案内くらいしたらどうだと。それで、手始めに冬の間にできそうなことから始めたんですよ。夏は忙しいので手が回らないと困るから。

飯出 あぁ。

後藤 で、冬に、歩くスキーを始めました。

高峰温泉スノーシュー
▲冬季のイベントは、家族連れでも容易に楽しめるスノーシューハイキングが好評だ。

 

飯出 「日本秘湯を守る会」には何年に入会したんですか?

後藤 昭和61年くらいですね。

飯出 入会したら客層ガラッと変わったでしょうね。

後藤 秘湯の会の人たちと、山を求めるお客さんは一致している部分もあるんですね。けっこう秘湯を守る会のスタンプ帳持ちながら、山登りする方も多いです。山登りながら秘湯の宿に泊まるグループの方も昔は相当多かったですね。

飯出 今も、多いでしょ?

後藤 多いですよ。だから、スタンプ帳も昔はお客さんから要望あれば出してたくらいなんですが、最近はスタンプ帳を前に出すことでリビーターになってもらえるようにしてますね。

飯出 僕が最初にここを訪ねたとき、このロケーションならいずれ人気の宿になると思ったけど、あっという間だった(笑)、お客さんの気持ちをつかむサービスっていうのは、高峰温泉以上のところはないですよ。見事ですよ。

後藤 原点は、アンケートとっているってことですね。お客さんが何を望んでいるのかなと。褒められたことは貼っておけば従業員も喜ぶから良いんだけど、一番経営者として見なきゃいけないのは批判ですよね。そういったところに、次に良くなるヒントは隠れてますね。

飯出 サービス、増えましたよね。今、いくつありますか?

後藤 今は、スノーシュー、朝は7時30分から野鳥教室、9時~12時までがハイキング (夏は自然観察会、冬はスノーシュー)、夕方17時~温泉療養講座、夜20時30分~星の観望会ですね。親父の苦労話を聞いてもらう会もあります (笑)。

高峰温泉ハイキング
▲自然観察員のガイド付きで、山や高山植物の解説を聴きながら歩く池の平ハイキング。

 

飯出 まったく、いつ寝てるのかと心配になるくらい、働いてますよね。

後藤 やはり、これを本格的にやろうと思ったのはリーマンショックのときですよね。リーマンショックで売り上げ落としている中で、お客さんに向けて本腰入れて徹底してやってみようじゃないかと。

飯出 ハイキングの参加費はおいくら?

後藤 自然保護協力金として500円、保険入ってない方はプラス300円ですね。

飯出 コースはどんな感じなんですか?

後藤 冬は高峰山に行って、雪がなくなると池の平の方に案内してます。

飯出 高峰山にはスノーシュー履いていくの?

後藤 はい。ちょっとの雪だったらアイゼンとかね。雪の状況によって道具変えますけど。

飯出 黒斑山なんかなかったっけ?

後藤 はい、ありました。今は進化して、秋の紅葉の終わり頃から、池の平ではなくて黒斑山にしちゃいました。その方が、綺麗な縞模様や初冠雪の浅間山を正月前まで観られるんですよ。その後はスノーシューで高峰山、雪がなくなってくると水の塔山に変え、1年かけて固定しないで変えていこうというのをテーマにしています。

飯出 それは、お客さんはここに来て知るわけ?

後藤 ホームページやブログで書いてるんですけど、夕食時にも案内してますね。

飯出 じゃあ、お客さんは来てからの予約で大丈夫なんですね。スキーの貸し出しは今もしてるの?

後藤 えぇ。1日1000円で。スノーシューは無料です。スキーウエア、長靴、帽子、手袋とかも無料でお貸ししてます。

飯出 すごいですね。僕なんかの世代で、子供連れで来てこんなにお金かからないでいろんな自然体験をさせてあげられるのって、ものすごいインパクト強かったんですよ。他にないから。

後藤 けっこう家族連れで、子供に星を見せたいとか自然を体験させたいという方は増えてきましたね。

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