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vol.3/新穂高温泉 槍見舘、野の花山荘・林 英一

新穂高温泉の名宿「槍見舘」と姉妹館「野の花山荘」を育て上げた仕事人

蒲田川の清流の奥に槍ヶ岳の尖峰を仰ぎ見る槍見舘は、かつて北アルプスの笠ヶ岳や三俣蓮華ヶ岳方面、槍ヶ岳を目指す岳人たちに親しまれてきた、100年近くの歴史を刻む山の宿だった。
その登山基地の宿を奥飛騨温泉郷を代表する名宿に育て上げた仕事人に、孤高の一軒宿の趣がある姉妹館野の花山荘の庭先で、錫杖岳を眺めつつ、その熱い思いを聞いた。

新穂高温泉 槍見舘・野の花山荘 林 英一
林 英一(はやし えいいち) /昭和27年 (1952年)、岐阜県高山市生まれ。29歳のとき、新穂高温泉の老舗宿「槍見舘」の長女幸子さんと結婚して3代目を継承。「槍見舘」「野の花山荘」代表取締役。「日本秘湯を守る会」相談役、「源泉湯宿を守る会」副会長、「奥飛騨温泉郷源泉所有者協同組合」副理事長、「日本温泉協会」地熱対策委員を歴任 (2017年2月現在)。

 


新潟から大庄屋の古民家を移築

飯出 槍見舘も野の花山荘も、いい宿になりましたね。いまや奥飛騨温泉郷を代表する宿になりましたからね。

林  いやいや、まだこれからですよ。

飯出 槍見舘は新穂高温泉では2番目に古い宿だと認識しているんですが、創業はいつごろなんですか?

林  大正時代の後半に、女房の祖父が創業しました。ずっと登山客の基地になっていた宿で、まぁ湯治場と山小屋を兼ねていたような感じですね。

飯出 奥さんの祖父というと、林さんはお婿さんになるわけ?

林  そう。女房が3人姉妹の長女で、私は高山市内で親が始めた建設塗装会社を引き継いだ家の5人兄姉の5番目だったから (笑)。

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飯出 なるほど。奥さんとはどこで知り合ったんですか?

林  冬の間、女房が高山市内の旅館で働いていたことがあり、高山市内で知り合ったわけ。しばらくは旅館の娘とは知らなかったんですけどね。

飯出 なるほど。で、こうなったわけですね (笑)。

林  ま、そういうこと (笑)。

飯出 そんな山の宿から大変貌を遂げたわけですが、いまの槍見舘になったのは何年のことですか?

林  古い旅館だったもので、ここに入ってから前職の経験を活かしていろいろ改良を試みたのですが、それも消防法などの問題で限度がありました。当時は高度成長期で、現代風に造ろうか、エージェントに相手にしてもらえるような宿にしようかと随分悩んでいたとき、若者が卒業旅行で泊まりに来てくれたので、「どうしてボロ宿に来てくれたの?」と聞いたら、「都会には素敵で便利な宿はたくさんある。でも、川辺の露天風呂、自然環境、故郷を感じさせてくれる文化が好きなんです!」と。その言葉が、もう一度お客さん目線で山宿を造ろうかと考える、いいきっかけになったんですね。それで、新潟県大島村の大庄屋だった古民家を移築して、平成12年 (2000年) 10月にいまの形になりました。

飯出 大事業ですから、周囲では反対というか、ずいぶん心配されたでしょう?

林  まぁ、それはそうですね。でも、発車しちゃったんだからしょうがないと (笑)。

槍見舘エントランス
▲古民家を移築した宿ならではの重厚な雰囲気が漂う槍見舘のエントランス。

 

飯出 しかし、思い切った決断でしたね。一世一代の大事業という思いだったのでは?

林  あれは非常に重かったですね。もう二度とやりたくないって感じ。

飯出 でも、あのときにやらなければできなかったのでは?

林  いまはもうできないでしょ。やっぱり高額な値段だったし。

飯出 相当な金額だったでしょ?

林  そうねぇ、当初は3億くらいを見込んでいたけど、なんだかんだで5億を超えちゃって…。

飯出 はぁ、すごいですね。まぁ、凝りに凝った感じですもんね。

林  やっぱり、せっかく造るんだからと。で、どんどん増えちゃって。

飯出 槍見舘はいま何室ですか?

林  15室。定員は前だったら60名はいけたんですけど、いまは多くても50名には届かないですね。1室2名が中心で、最大でも4名ですから、かなり苦戦してますよ。

飯出 造りからしても人手がかかりますでしょ?

林  人件費を削減することも考えたけど、なかなかそうはいかない。やっぱり一度人数を抱えてしまうと、減らすのは簡単じゃないから。板さんなんかも、以前は2人だったけど、いまは3人になってる。槍見舘の従業員は月に7日以上休みにしているから、労働時間をきちっとしていこうとすると、休みの日にはスペアがいりますからね。

槍見舘/貸切露天風呂「播隆の湯」
▲槍見舘の河畔には7つの露天風呂と足湯がある。ここは貸切露天風呂「播隆の湯」。

 

廃屋と化した宿を大改装して姉妹館に

飯出 野の花山荘は何年のオープンでしたか?

林 平成22年 (2010年) 5月1日のオープンですね。

飯出 ここは元「山荘富貴」といっていた宿だったですよね?

林  そうです。名古屋の建設会社の所有で、保養所を兼ねた宿だったんですけど、廃業して2年くらい放置されていたんですよ。それが売却されると聞き、他人に渡すのは惜しいと思ったんですね。この立地で、自家源泉も保有していたし。ただ、槍見舘のリニューアルから10年しか経ってないから、カミサンも親戚も無謀だと大ブーイングでしたけど。

飯出 そうだったんですか。2年も放置されていたんでは、かなり傷んでいたのでは?お金もかかったでしょ?

林  もう廃屋同然だったもんで、ほとんど手を入れて大リニューアルしましたからね。総額で1億数千万かかったけど、それでも価格以上のお買い得な物件だったと思いますね。

飯出 私もそのリニューアルのときから寄せてもらっていますからわかるんですが、見違えるような宿になりましたね。しかし、このロケーションは新穂高温泉の中でも抜群で、ここを取得したのは英断でしたよね。

林  まぁ、いまになってみればね。一度は反対が強くて諦めたこともありましたし。

野の花山荘/客室からの景色
▲野の花山荘の2階にある客室からは、北アルプスの抜戸岳方面の稜線が望める。

 

飯出 野の花山荘は何室ですか?

林  9室です。

飯出 槍見舘と比べれば、野の花山荘は効率的に経営できているのでは?

林  効率的にはやれているけど、それでも私を除いて常時6人のスタッフ。お客さんは最大に入っても槍見舘の半分かそれ以下。売り上げもね。まぁ、お客さんに入ってもらえれば、そこそこやっていけるっていうかね。

飯出 こっちは1室2名がほとんどでしょ?

林  2名ないし3名。10畳に3名は入ってほしいけど、なかなかね。たとえばバルコニーを付けて、しゃれた部屋にすればもう少し単価を上げられるんだけど。将来的にそうするか、もしくは「ひらゆの森」のように、お風呂をいっぱい造って、日帰り入浴を入れてね。それで、外国のお客さんも増えているご時世だから、この田舎で食事なしというわけにもいかないんだけど、ちょっとした食事ならこの食堂を使って「飲んで食べることもできますよ」とすれば、スタッフもそうはいらないし、掃除なんかは外注に出すとかね。常時、板さんと2人ほどいればできるわけだし。

飯出 つまり、高級宿にするか、手軽な宿にするか、考えどころってこと?

林  そうですね。しかし、そこからが難しい。人手の確保とかね。

飯出 優秀な人材を集めるのが大変なんですね。

林  そう、とにかく過疎化、少子化で人がいないから。槍見舘から下の蒲田まで昔は20軒も宿があったのに、どんどん減ってる。跡継ぎのいる宿は、うちも入れてたった数軒ですよ。このままでは、将来的に残るのはあまりないかも。

飯出 はぁ、どこも後継者問題は深刻ですねぇ。私は最近そういう温泉地を「限界温泉」と表現しているんですが、いずれ温泉地自体が消滅しちゃうんじゃないかと危惧しているところが各地にありますからね。

林  そうでしょ。いま息子 (勇貴さん、29歳) も悩んでいるのは、結婚したあとの子どもの教育の場。

飯出 それが一番みたいですね。結婚して子どもができてから、教育問題で別れてしまったという宿も何軒か知ってます。学校に行っても数人しかいないから、教育は大丈夫なのかって。こんなところでは子どもが育てられないと言って、奥さんが子どもを連れて出ちゃうケースですね。

林  こっちも小学校はそんなもんですよ。学年で1クラス1人とか、ゼロとかね。そうすると統合しかない。30~40分もスクールバスで通わなければならなくなる。

飯出 で、別れないにしても、奥さんと子どもは街のほうで暮らすことになってしまうパターンが多いようです。

林  山小屋と一緒やね。どうしても子ども中心にものを考えざるをえない。

飯出 そうなっちゃいますよね。

林  うちは結婚した娘 (長女の絵美さん) も高山市内に住んでるし、息子も将来的には高山市内に住んで通いたいというのが本音だと思う。しかし、高山市内から通うとなると車で1時間はかかるし、冬の雪道ということもある。この商売は勤めればいいという問題でもないでしょ。そういう問題が目の前に来ているわけです。

飯出 そうですねぇ。

野の花山荘/貸切露天風呂
▲広葉樹の森の中に設けられた野の花山荘の宿泊客専用の貸切露天風呂 (無料)。

 

槍見舘と野の花山荘の狙いとは

飯出 槍見舘と野の花山荘のコンセプトは?

林  槍見舘はかつてボロ宿でやってたから、自信を持って案内できる宿、小さい宿であってもいいサービスを、というのが狙いですね。野の花山荘は槍見舘がやや高級宿になった感があるので、完全に気楽な宿に。話題のオープンキッチンにして、人との出会いを大切にする宿に、というのがコンセプトです。

飯出 なるほど。料金にも差を付けてってことですか?

林  宿泊料はなかなか値上げできない。槍見舘は1万7000円 (税別)~。息子は2万円くらいにしたいって言うんだけど、付加価値をつけなければムリ。野の花山荘は1万4000円 (税別)~にしています。肉料理が多くなって、原価が高くなっているので、ちょっと厳しいんだけど。

飯出 まぁ、適正料金じゃないですかね。今後はどんな宿にしたいと考えているんですか?

林  いま槍見舘で考えているのは、食の部分、オープンキッチンね。食を選べるのがポイントだと思っているんですよ。「旅の原点は人と人とのふれあい」だということを考えると、オープンキッチンがいいと思うんだけど。ただ、リピーターの方はことごとく、野の花山荘はそれでいいけど、槍見舘はやめてくれって言うんですよね。槍見舘にはそういう客が付いたんだろうけど、せっかくゆっくり食べたいのに、同じことをするのかって (苦笑)。

飯出 私もそう思いますけどね。槍見舘と野の花山荘は客層が少し違うし、別でいいと思う。同じテイストではないほうがいいと思いますけどね。

林  そうですかねぇ。食の部分をどうするかってのが課題で、必ずいまの1泊2食の押し付け料理スタイルでは通用しなくなると思う。将来的にね。よほど郷土料理とかでやっていければいいけど。時代は変わっているし、ニーズも変わっているから。

飯出 そこんところが、難しい問題ですよね。

林  願わくば、宿は湯治場的にしてしまって、泊食分離にしてしまったほうがいいのかなとか、そういう形態が残っていくのかなと考えてみたりするわけ。日本の文化である和風旅館は、たとえばイギリスとかの歴史のある宿ならそう言えるかもしれないけど、いまの若い人たちがいつまで続くか、正直思うわけ。価値観が大きく変わってしまっているから。

飯出 うーん、でも、和風旅館はやっぱり日本の文化だから残していきたいですよね。

林  元の湯治場か、そういう方向に変えていかざるをえないのかなぁと。

野の花温泉/オープンキッチン
▲野の花山荘の大きな特徴の1つである、会話も楽しみなオープンキッチン。

 

飯出 いまは団塊の世代を中心に60代、70代のお客さんが多いけど、それはだんだんと減っていくし、少子化で間違いなく客自体が少なくなるわけじゃないですか。一方で外国人のお客さんは間違いなく増えてますよね。そういう人たちをどう迎え入れるのか、それがけっこうこれからの課題だと思うんですよね。林さんはどう考えていますか?積極的に受け入れようと思っていますか?

林  そうしないとやっていけないだろうなぁ。

飯出 少なくとも、受け入れないと、苦戦は必至でしょうねぇ。

林  実際、槍見舘自体も海外の方を受け入れているから成り立っている、という実感はありますね。

飯出 そうなんですか?2割くらいは占めますか?

林  そうですね、1日何組かはいますからね。対策的には、槍見舘は古民家の宿という日本の文化を残しつつ、そこに食事を選べるようにすれば幅が出るかなと。野の花山荘はあまり頭に入れてないけど、海外の方は日本人みたいにあまりお金を使わないから、湯治場的に気楽に泊まるだけにしてもいいかなと。

飯出 海外のお客さんはどういうルートで入ってきてるんですか?ネット?

林  ですね。野の花山荘はほとんどないけど、槍見舘はネットで英文でも発信しているので、メールやダイレクトで来ますね。息子もけっこうメールのやりとりをやってますから。

飯出 ネットで来るお客さんはわりとマナーもちゃんとしてるし、個人のお客さんは問題がほとんどなく、外国人同士の口コミで広がるパターンが多いと聞いてますが。

林  槍見舘は台湾、香港とか、あの辺だと雑誌でも紹介してもらってるみたいで、口コミで来てくださる方が多いですね。

飯出 欧米人は?

林  欧米人も来られますよ。ヨーロッパ、オーストラリアからも。オーストラリアに住んでいるエージェントみたいな仕事をしている娘さんが槍見舘を贔屓にしてくれていて、オーストラリアの方をよく送ってくれたりしてますね。

新穂高温泉 槍見舘・野の花山荘 林 英一

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