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Vol.16/尻焼温泉 白根の見える丘・中村 善弘

評判の奥さんの料理を支える4時間かけて運ぶ名水。そのこだわりとは?

群馬県の尻焼温泉といえば、長笹沢川の川底から湯が湧き、それが増水時以外は適温となる“河原の露天風呂”で知られる。
一般的にはその下流沿いにある2軒の旅館だけかと思われているが、この宿は河畔から1.6kmほど離れた山の斜面、草津白根山を望む根広集落にポツンとある。
長笹沢川の泉源の権利は昔からこの根広集落の人たちの所有で、いまでは根広集落の全戸にこの温泉が引かれているのだ。
「白根の見える丘」は夫婦2人で切り盛りするわずか4室だけの小宿だ。
しかし、温泉の良さはもちろん、主人の水を筆頭とする素材や奥さんの料理に対するこだわりは半端ではない。
私は、温泉宿には事業としての経営とは別に、この宿のように、生業としての経営があるのだ、ということを訪ねるたびにいつも考えさせられる。

尻焼温泉 白根の見える丘・中村 善弘
中村 善弘 (なかむら よしひろ) /1956 (昭和31) 年1月19日、群馬県六合村 (現中之条町) に農家の長男として生まれる。地元の群馬県立長野原高校卒業後、父が“息子を繋ぎ止めるために”創業したという旅館の家業を継ぎ、高校時代から熱中したバンド活動が縁で結婚したひろ子夫人との二人三脚で、テレビの温泉番組にもたびたび取り上げられる個性的なこだわりの湯宿を育て上げた。2男の父。ミュージシャンを目指した青春時代の熱い思いを胸に、現在は地域のオピニオンリーダー的存在として活躍している。

 


音楽命だった高校時代

飯出 中村さん、おいくつ?

中村 昭和31年生まれで、64歳になりました。

飯出 そんなになるの?まだ50代だと思ってましたよ。

中村 ははは。

飯出 相当お付合いさせてもらってますよね。最初に来たの何年前かなぁ。もう20年くらい経つのかな。

温泉達人・飯出敏夫

中村 経つと思いますね。

飯出 ここのオープンは何年ですか?

中村 1974 (昭和49) 年です。

飯出 前、インタビューで聞いたとき、確か親父さんが中村さんをつなぎとめるためにここを建てて宿泊業をすることになりました、って言ってましたよね。

中村 言ってましたね。

飯出 それまでは、中村さんの高校はどこ?

中村 この先の長野原高校ってとこです。

飯出 長野原高校出てどうしたの?

中村 もうここです。

飯出 要するに、高校を卒業した年に、ここをオープンしたってこと?

中村 はい。早い話、親父も母も車の免許持ってなかったんですよ。で、車の免許がないと始まらないっていうのがあったんですよ。だからお前は免許を取れと。

飯出 たしか、高校時代にバンドやってたでしょ?

中村 高校時代から、宿で働き始めてからもずっとバンド活動やってました。音楽やってたのは、一発ポーンと当てればここを逃げ出せると思ってやってましたね(笑)。

飯出 なるほど(笑)。その時代はいかにも実現しそうな雰囲気がありましたからね。

尻焼温泉 白根の見える丘/外観
▲根広集落の一角に一軒宿の趣で建つ「白根の見える丘」の外観。

 

幻に終わったヤマハのポプコン出場

飯出 ヤマハのポプコン (ヤマハポピュラーソングコンテスト、グランプリ優勝者には自動的にレコードデビューが約束されたプロの登竜門) に出たんでしょ?

中村 とりあえず、関東甲信越ブロックの代表の切符はもらえました。

飯出 ほー、バンド名は何ていうの?

中村 とくになかったんです。仲間がいっぱいいて、その都度合うようなメンバーでやってました。作詞作曲が大体私だったので、ヤマハに行くならどういうメンバーにするかっていうのは大変でしたね。

尻焼温泉 白根の見える丘/テラス席
▲ダイニングの外のテラス席。人工物のない森が広がる彼方に草津白根山を望む。

 

飯出 で、ヤマハに出たときは?

中村 それが結局、ヤマハには出られなかったんですよ。切符はもらったんですけど、メンバーが集まらなかった。

飯出 予選のメンバーはどうしたの?

中村 私の場合は審査員特別枠で、審査員の方がわざわざこの宿まで来ました。で、あなたを推薦しますと。

飯出 一人では出られなかったの?

中村 無理ではなかったんですけど、そのときはまだ来年も再来年もあると思ったんですよね。で、そのとき、中島みゆきがグランプリです。

飯出 それは何年?

中村 1975 (昭和50) 年、第10回でしたね。

飯出 悔しかったでしょ?そのとき中島みゆきの歌は何だったの?

中村 『時代』です。あの歌は凄すぎます。

尻焼温泉 白根の見える丘・中村 善弘

飯出 え、『時代』だったの?そりゃ、しょうがないね(笑)。あまりに名曲 (同年の第6回世界歌謡祭でもグランプリを獲得した) で。

中村 頭を後頭部からガーンって、プロレスでやられた感じくらいの衝撃でしたね。それまで、小坂明子が『あなた』と『恋のささやき』で2年連続グランプリなんですよ。で、その次が「チューインガム」っていう姉妹の『チャップリンに愛をこめて』なんです。このフォークデュオはすでにデビュー曲『風と落ち葉と旅人』っていう歌を出してました。そういう歌を私は作ってたんです。グランプリにはそういう歌がウケると。それがその『時代』から日本の音楽、とくにヤマハが変わったんですよ。

飯出 そのとき、コンテストはどこでやってたの?

中村 静岡県掛川市の「つま恋」です。その前の年までは三重県志摩半島の「合歓の郷」。でも、そんな辺鄙なところでも (お客さんは) わざわざ来てくれましたから、すごいなと思いますよ。

尻焼温泉/長笹沢川の河原の露天風呂
▲尻焼温泉名物、長笹沢川の河原の露天風呂。プール感覚で遊ぶ人で賑わう。

 

飯出 中村さんはどこで活動してたの?

中村 私、8月14日は「歌う阿呆の集い」っていうのをやってたんですよ。ここの村の公民館に音楽仲間が来て、その日はこの宿は音楽仲間でいっぱいです。通常はうちの玄関をステージにして、外に大勢の人が来てくれて、1年間録りためた曲とかを歌って披露し合うんですけど。で、それをどこかで聞いた音楽業界の方が「歌う阿呆の集い」に来てくれて、君たち推薦するからどうにかなる?って言ってくれたんです。今思うと、みんな仕事に就いたばっかりで、ヤマハに出るってことは1カ月くらい仕事休んで合宿ですよ。それで休みたいとそれぞれの会社言ったら、辞めてやればってメンバーが言われたんですよ。それでみんなが二の足を踏んだんで、俺もまた来年あるし、良いかと。

飯出 中村さんは作詞作曲と楽器は何だったの?

中村 ギターです。

飯出 その音楽活動は何歳くらいまでやったんですか?

中村 いやぁ、それから4~5年くらいはやってたんじゃないかな。ずっと曲は作ってましたからね。ドラえもんがもしタイムマシン貸してくれたら、もう一回そこ行きますね。それで思い切りやりましたね。来年またと自惚れてたのは審査員の人がわざわざ来てくれて推薦してくれるなら、来年でも再来年でも出してくれるだろうと勝手に思ってたんですよね。

飯出 なるほど。

中村 その後、中島みゆき以降の、優しい旋律でなくメッセージの強い曲を作り始めて。

飯出 そういう時代だったよね。それで4~5年続けたけど諦めたわけ?

中村 諦めましたね。結婚したのが23歳くらいだったんですけど。

尻焼温泉 白根の見える丘/展望風呂
▲熱い湯と適温に分けた源泉かけ流しの展望風呂。彼方に草津白根山が美しい。

 

料理上手な妻は板前の娘だった

飯出 奥さん (ひろ子さん) のご出身は?

中村 草津温泉です。

飯出 草津なの?お宿の娘さんではないんでしょ?

中村 はい。女房の父親は板前さんです。

飯出 あ、そうなんですか。

中村 小さい頃から、食事を作るってことは徹底的に父親がやらせてましたね。

飯出 なるほど。

中村 3姉妹の長女なんですけど、自分の味付けがあり、父親が味噌汁を飲むとひろ子の味だなってわかるみたいですよ。

飯出 馴れ初めはどういう感じだったんですか?

中村 最初は私が歌声喫茶で歌ってたんですよ。女房はお客さんで来てて。

飯出 へぇ。それがきっかけ?

中村 で、うちのグループに女の子入れようっていうんで、女の子に声をかけたんですけど、その女の子が男の人ばっかりのところに一人で行くのは嫌だということで、一緒に連れてきたのが女房だったんです。

飯出 ということは、奥さんも歌うの?

中村 最初はボーカルでやろうってことになってました。

尻焼温泉 白根の見える丘/中村善弘・ひろ子夫妻
▲中村善弘・ひろ子夫妻。いまだにラブラブ感いっぱいなのは音楽仲間だったから?

 

飯出 そういう感じなの。で、ほとんどすぐ結婚したの?

中村 そうでもないですけどね。2年くらいは付き合ったんじゃないかなぁ。

飯出 中村さんは兄弟何人?

中村 僕は4人兄弟の長男です。弟2人と一番下は妹です。

飯出 それで、僕が最初にお邪魔したとき、お母さんが実家の庭でお豆腐を作るのを取材させてもらったことがあるんですよ。

中村 豆腐は母が相当長く作ってましたね。

飯出 で、それを奥さんに伝授したわけでしょ?

中村 豆腐作りの搾る工程の中で、(母が) 手に力が入らないので、悪いけどいつか変わってもらうしかないよと。

飯出 お父さん、お母さんはまだご健在?

中村 父は亡くなりました。母は施設で介護生活中です。

尻焼温泉 白根の見える丘/貸切露天風呂
▲庭の片隅、一段下りた斜面に造られた貸切露天風呂。雄大な展望が広がる。

 

4時間かけて汲みに行く箱島湧水

飯出 それで、4時間もかけて名水の箱島湧水を汲みに行くようになったのはいつからですか?

中村 豆腐をこの村の水で作ってたんですけど、カルキを入れると言われまして。この建物の中に父が水利権を持ってたんですけど、それを引っ張ってくると道路横断やら何やらあり、村の人に頼むからカルキは入れないようにしてくれって言ったんですけどね、ダメでしたね。

飯出 はぁ。

中村 で、カルキが入った水で豆腐を作った瞬間に、あぁこれではダメだと。で、水探しが始まったんですね。あっちゃこっちゃね。

飯出 で、箱島湧水にたどり着いたと。

中村 箱島湧水は55年前の雨や雪解け水がいきなり地上に出るので、雑菌が入る余地がない綺麗な水だったんです。ただ、遠いから、もう少し近くに探したんですけどなかったんですよね。

尻焼温泉 白根の見える丘/堅豆腐
▲名物の手作り豆腐は大豆を普通の6倍も使う堅豆腐。別名“ひろちゃん豆腐”とも。

 

飯出 それはいつぐらい?

中村 もうどのくらいかなぁ。女房が作るようになってから箱島湧水を使ってます。

飯出 汲みに行く頻度はどのくらい?

中村 1回汲みに行った分が、大体15人で終わるんですよ。豆腐が通常100粒のところを600粒で作るんですけど。

飯出 約6倍ですか。

中村 それをバケツに6人分だと3600粒くらいが入りますよね。そこにザバーっとたっぷり水を吸わせますから。今はまだ良いんですけど、前はお米をジャリジョリ、ザバザバーってやってたんですよ。で、1回妻と一緒に行ったんですよ。私は60㎏を背負うんです。妻が4Lの大五郎4本だから16㎏で2往復。こんな思いしてたのかと。

飯出 大変ですね~。

中村 それからは、最初に箱島名水をお米にたっぷり吸わせてジャリジョリは浄水器の水を使って、炊くときまた湧水に。これだけでも私の回数が減りました。

飯出 料理はすべて箱島湧水を使ってやってるの?

中村 もう、味噌汁からご飯からすべてです。あとは、お客様が水飲みますから、夏はあっという間に終わるんですよ。

飯出 いわゆる村の水道はカルキが入ってるから、料理用には使ってないわけ?

中村 洗うとか、良い水でなくていいときは浄水器の水を使ってますね。

飯出 飲用は箱島湧水なんですね。大変な労力ですねぇ。

尻焼温泉 白根の見える丘/ダイニングルーム
▲部屋の数だけ4つの食卓、談話用にも1卓置かれた、洒落たダイニングルーム。

 

料理は奥さん、旦那の担当は雑用全般

飯出 中村さんの担当は何ですか?

中村 まぁ、風呂掃除、便所掃除、部屋掃除、布団敷き、それらはやってます。女房はもう台所で目一杯ですから。

飯出 ですよねぇ。

中村 でも、常連さんは、あの親父は酒飲んでるだけでしょ、って思ってますね(笑)。

飯出 うん。僕もそう思ってました(笑)。


▲客室は和室と洋室仕様が各2部屋。ここはベッドの下に木炭を敷き詰めた「野反」。

 

中村 ははは、あそこの家は奥さんでもってんだよね、旦那倒れても大丈夫だよねって言われてます。

飯出 ははは、完全に二人でやってるの?

中村 はい、今は。昔はアルバイトと姪っ子たちが必ず夏休みは来てくれました。姪っ子たちは本当に気持ち良く働いてくれたけど、みんな社会人になっちゃって、身内で夏場働いてくれる人がいなくなっちゃいました。

飯出 そうすると、10人も泊めたら目一杯だよね。

中村 台所が手を抜くってことをしなけりゃダメですね。

飯出 でも、抜けないでしょ?

中村 抜けないです。すべて手作りなんですよね。ここへよく来るテレビ局の人が言うのは、板前さんは3~4品にものすごく力をかける。それ以外のものはおばちゃんに任せたり出来合いのものにする。岸朝子さんという人が『極上 おいしい朝ご飯の宿』って本を出してくれたんですけど、板前さんはほとんど朝ご飯に手を加えないらしいです。朝ご飯を手作りする宿こそが本物だっていうのは、うちでは意識してるかもしれない。

根広集落の一角に一軒宿の趣で建つ「白根の見える丘」/朝食
▲夕食も楽しみだが、朝食が抜群。卵かけご飯、こんなに美味しかったのかと思う。

 

飯出 『極上 おいしい朝ご飯の宿』は、一緒に事務所を借りていたエルフの石井さんが作ったんですよ。

中村 あ、そうなんですか。うちの宿の朝ご飯は、お客さんに卵を自分で焼いてもらうんですけど、その卵を買いに行くのに5時間かかるんですよ。水は4時間ですけど(笑)。

飯出 卵はどこの?

中村 平野レミさんに「イワタの卵」教わって。遠いんですけど、買いに行ってうちで焼いて食べたら美味くて。

飯出 いっとき、初卵っていうのを出してましたよね?

中村 えぇ。そんなに数ないです。7~8回に1回、「初卵ありますよ」ってこっそり教えてもらえるという。今は奥さんが仕入れに行ってますけど。

飯出 奥さんが5時間かけて行ってるの?

中村 はい。卵も買うし、野菜は軽井沢の先まで行ってます。もう、 1つのスーパーで仕入れるんじゃないんですよ。キュウリはここ、卵はここという風に回るんで。

飯出 中村さん、お子さんは何人?

中村 2人です。兄弟です。兄は料理人、弟は東京でダーツバーを経営しています。ただ、弟も料理はしますね。

飯出 2人はここを継ぐ気はあるんですかね?

中村 両方ともあります。ただ、今ここに入るのはもったいないから、入るタイミングはありますけどね。

飯出 まだ若いからね。まぁ、その商売だったらどっちでも継げそうだね。

中村 年に2回くらい「何食いたい?」って調理してくれるんですよね。手際は良いです。女房の料理を見て育ったから、その辺はすぐできます。ある意味、グレードアップしてますね。

飯出 2人は、家庭は持ってるの?

中村 上は家庭持ってます。孫が「じぃじ、おめでとう」って (誕生日に) ウィスキー持ってきてくれました。

尻焼温泉 白根の見える丘/ウイスキー

 

ネット予約の弊害とは

飯出 今、商売やってて、一番大変なことは何ですか?

中村 まず、キャンセルの多さですね。例えば、年末年始がすごかったんですけど、10組入って8組キャンセルです。あるパターンだと、土曜日をバーっと押さえられて、最終的にキャンセル料のかからない3日前でキャンセルになった。

飯出 それ、嫌がらせなんじゃないの?

中村 嫌がらせでなく、そういう世の中の傾向です。昔は、「空いてますか?お願いします」って宿を選ぶ権利という感じが、今はとりあえず予約する権利もあればキャンセルする権利もあります。昔はキャンセルになった際は電話で謝ってくれましたが、今はボタン一つですから。

飯出 今はほとんどネット予約?

中村 ネットですね。今、宿屋の無断キャンセルの被害額が3000億円ですって。予約して来ないっていう金額です。

尻焼温泉 白根の見える丘/客室(角部屋・白根)
▲角部屋の「白根」は窓があるので明るい雰囲気。窓際の休憩スペースからも好展望。

 

飯出 それで来なかった場合は、キャンセル料を請求するの?

中村 無駄ですから、しません。

飯出 無駄?

中村 私がラーメン屋でラーメン頼んで食べて逃げる。これは無銭飲食で警察に捕まります。ただ、注文して食べる前に逃げた場合は、ラーメン屋さんが民事裁判をするしかない。1杯700円くらいで、弁護士雇って裁判ってしないですよね。うちは1万円の諭吉宿で2人のキャンセルが多いですけど、2万円のために裁判は起こさないですよ。

飯出 そうだよねぇ。

中村 作った食事は、友達に「明日食べても大丈夫なものだけど、どう?」って声かけると、「出た? 明日はコンビニ弁当の予定だから」って。「出た!」っていうと、喜ぶんですよ(笑)。

飯出 「出た?」って言うんですか(笑)。

中村 そうなんですよ。人の不幸を喜ぶんですよ。で、嬉しそうに食べる。こっちはその横で「チクショー」って。女房は「私もう寝る!」って(笑)。一番多い時で14人分ってありました。

飯出 そりゃ、奥さんが一番辛いよね。せっかく一所懸命作ったのにねぇ。でも、奥さんの作る料理なら、僕も近くに住んでいたらすぐにもらいに駆けつけるな(笑)。

尻焼温泉 白根の見える丘・中村 善弘さんと温泉達人・飯出敏夫

 

…あとがき…

いまは合併して中之条町となったが、以前は六合 (くに) 村だった。
草津温泉の人々の「冬住みの里」といわれ、かつての草津の宿の経営者はこの村の人たちが多かったという歴史も、いまでは遠い語り草になってしまった。
群馬県を代表するような山村だが、同じく“群馬のチベット”といわれた上野村に育った筆者にとっては、六合村のほうが断然開けているという印象だった。それでも、近しい感情を抱いていたものだ。
「白根の見える丘」は以前、「白根ハイム」という名称だった。
もうずいぶん通い詰めている。
定宿と言っていい。
泊まるときはいつも、宿の構えにしては洒落た雰囲気のダイニングで、奥さん手作りの美味しい料理をつまみつつ、主人と酒を酌み交わしながら、ああだこうだと無駄話をして夜を過ごすのが常。
居心地のいい、まるで私のアナザースカイのような宿なのである。

(公開日:2020年4月23日)

◆カテゴリー:湯守インタビュー


 

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尻焼温泉・白根の見える丘/貸切制の内湯

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