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Vol.14/湯河原温泉 源泉上野屋・室伏 常夫 範子

「2人で1人」を合言葉に創業三百年の老舗を継承するおしどり夫婦の極意

湯河原温泉は『万葉集』にも詠まれた日本屈指の古湯である。
その中心部にあって、江戸中期創業の歴史を刻み、昭和初期築の風格漂う木造4階建ての本館のほか、玄関棟と別館を構えるのが「源泉 上野屋」だ。
すべての建物が国の登録有形文化財である。
それでいて、肩の凝らない、家族的ともいえる気やすい雰囲気を醸しているのが、この宿の真骨頂。
そんな居心地のよい宿に仕上げた「2人で1人」を合言葉にする、おしどり夫婦の極意に迫るインタビュー。

湯河原温泉 源泉上野屋・室伏常夫・範子
室伏常夫・範子 (むろふし つねお/のりこ) /1949 (昭和24) 年9月30日、神奈川県湯河原温泉きっての老舗旅館「源泉上野屋」の長男として生まれる。地元の中学校から名門・小田原高校、成蹊大学経済学部に進み、三重県鳥羽市の小涌園で2年間修業してから上野屋に入り、のちに明治から数えて6代目を継承。高校時代は山岳部に属し、現在も登山やスキーに興じるスポーツマン。6歳下の範子夫人とは自他ともに認めるおしどり夫婦で、自ら「2人合わせて1人前」と称し、インタビューも2人一緒であれば、という条件付きだった。主人は、湯河原温泉旅館協同組合副理事長、神奈川県自然環境保全審議会温泉部会委員も務める (2019年10月現在)。

 


水戸黄門も泊まった老舗宿

飯出 上野屋さんという名称はどこからきているんですか?

室伏 僕の想像だと、うちの下が中屋っていうんですけど、昔は「下の〇〇」とか「上の〇〇」って集落で呼びますよね。そういう感じなんじゃないかなと思うんですけどね。ただ、はっきりはしませんけど。

範子 私が聞いているのは「上野」って地名だったそうです。

飯出 こちら創業300年って書いてありますけど、確かな創業年度はわかるんですか?

室伏 江戸時代にはもうやっていたようですけど、うちに「水戸黄門の重箱」ってのが残されてまして、水戸光圀公がこちらに立ち寄られたっていう謂われがあるんですね。

飯出 ほぅ。一応、創業300年っていうのが謳い文句になってるんですよね?

温泉達人・飯出敏夫

室伏 うちの母親がねぇ、昔パンフレット作るときにね、そういうふうに発表しちゃったので、そのままですね(笑)。

飯出 へぇ。ご主人は何代目になるんですか?

室伏 明治以降で6代目ですね。はっきりしないんですよね。調べなきゃいけないんですけど。

飯出 ご主人は、ご兄弟は何人?

室伏 3人で、姉、自分、次男です。

飯出 じゃあ、生まれた時から継ぐって覚悟は決まってたんですか?

室伏 決まってたっていうか、刷り込まれてましたね(笑)。

飯出 高校はここから通えたんですか?

室伏 はい、小田原へ。その後、成蹊大学に進学しました。

飯出 大学の専攻はなんですか?

室伏 一応、経済だったと思うんです(笑)。

飯出 だったと思うって(笑)。昨日、奥さまに聞いたんですけど、高校時代、山岳部だったんですって?

室伏 そうなんです。あ、そんなことまで話しちゃってるんですか(笑)。

飯出 えぇ、ほとんど聞きましたよ。お二人の馴れ初めとかも(笑)。大学時代は何かサークルは入ってたんですか?

室伏 大学では1年間だけ山岳部に入ったけど、基本的には高校の時の仲間と山岳部のOB会っていうのがあって、そちらで一緒に登ってましたね。

飯出 で、大学卒業されてすぐ戻られたんですか?

室伏 2年間、鳥羽 (三重県) の小涌園で勉強してから、24歳くらいに上野屋に戻りました。

湯河原温泉・源泉上野屋/外観
▲上野屋のエントランスに立つと、国の登録有形文化財の建築美に思わず見惚れる。

 

おしどり夫婦の馴れ初め

飯出 で、すぐ奥さまと結婚されたの?

室伏 いえいえ、僕が30歳のときですから。

範子 私が24歳のときです。私は東京で勤めていたんです。

飯出 そうそう、奥さんも東京に出られていたんですよね。何されてたんですか?

範子 出光興産です。知り合いのところだったもので。

飯出 お見合いですか?お見合いってほどの格式ばったものではない?

範子 ないです(笑)。

室伏 うちの母親の実家で、ちょっと会わされたっていうところですね。

飯出 お母さんの実家ってどちら?

室伏 湯河原駅のすぐ近くです。

範子 お母さんの実家も知り合いだから。

飯出 ちょっと来いよって感じ?もう会うときはそういう感じだったんでしょ?

室伏 まぁ、結婚を前提でしたから、そういう感じですね。

範子 もう、24歳になるときだったから、父がいつまでも遊んでないでくれと。

飯出 遊んでないでしょ。勤めてたんでしょ?(笑)

範子 まぁ、でもフラフラしてましたから。

飯出 お給料もらって自活してたんでしょ?

範子 でも、仕送りもしてもらってましたし。甘いんですよ、父は(笑)。こちらに来てからも、ほいっお小遣い、なんていただいてました。恩返ししないと。91歳で、今も元気にしてるんです。

飯出 奥さんは長女でしょ?

範子 はい、あと2人、弟がいます。

飯出 女の子1人かぁ。じゃあ、お父さん甘いっすよ。でも、お父さん早く嫁に行けって言ったんですか?

範子 田舎のことですから、24歳くらいになるともうそろそろ家に置かれないというような感じで。

飯出 お見合いしてすぐOKだったんですか?

範子 そんなことないですよ。2人だけじゃないけど、スキー行ったり、テニスに連れて行ったりしてもらったんですよ。

室伏 でも、1年もなかったかな。

範子 もう親がうるさくて。「どっちにするの?決めなさい」って(笑)。

飯出 ご主人はお見合いした時点ですぐOK?

室伏 そうですね。わりに親しみやすい顔してるなと(笑)。

温泉達人・飯出敏夫と湯河原温泉上野屋室・伏常夫・範子夫妻

範子 おばあちゃんは、あなた取り柄がないから旅館行ったらどうかしらって言いましたよ。大学行ったから、母みたいにお着物が縫えるとかスーツが縫えるとかやってないから。だから、旅館ならニコニコしてれば良いんじゃないのと(笑)。

飯出 はぁ。

範子 あと、「男の人はあまりお金持ってるとダメよ。あまり貧乏な人もダメよ。ほどほどの人が良いわよ」と(笑)。明治のおばあちゃんの話ですからね。今の時代の子は良いわねって言ってました。

飯出 まぁ、お宿はやっぱり女将さん次第ってところはありますね。

室伏 そうそう、僕が出ると、まとまる話もまとまらなくなる(笑)。

範子 いえ、そんなことはないですけど…。

飯出 まぁ、勘どころはご主人なんだろうけど、普段の接客は女将さんですよね。

範子 40代、50代はずっと着物を着てたんですけど、朝起きると着物着て、寝るまで着物だったんです。

飯出 え~、そうなんですか。

室伏 腰痛めちゃったんですよ。

範子 狭窄症になりまして。手術しようと思ってたんですけど、セカンドオピニオンでもう一つ行ってみたらって言われて、知り合いの先生のところに行ったらこれは手術しない方が良いと言われて。針灸を勧められて、それを続けたら治っちゃいました。

飯出 え、治っちゃった?僕も狭窄症で、痛くて歩けなくなりました。無理して山に登って、なんとか「日本百名山」を登り切ったんで医者行ったら、手術になっちゃった。

室伏 手術して良くなりましたか?

飯出 狭窄症からの痛みは取れましたが、まだちょっとフワフワしてますね。手術した箇所以外にも狭窄している部分があるから、まだ少し痛いです。

範子 痛いのは辛いですよねー。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯
▲玄関棟1階の大風呂「六瓢(むびょう)の湯」は男女入替制の大小の湯船がある。

 

跡継ぎは次女夫婦

飯出 お子さんは3人で、お兄ちゃんとお姉ちゃんが1人ずついるんだけど跡は継がないで、次女の和子さんが継がれたんですよね?

室伏 お兄ちゃんが跡を継がないってなった時、「じゃあ、私がやります!」と次女の和子が…。

飯出 お兄ちゃんは継ぎたくないって?

室伏 まぁ、そんなところですね。

範子 東京で勤めて、家も買ってますしね。

飯出 次女の和子さんが宿を継ぐことになった経緯は?

範子 和子は、大学時代に連れ合いとゼミで一緒になって結婚したんです。

飯出 ほう、えらいですねぇ。ちゃんと旦那さんを見つけて連れて帰ったわけですね。そりゃ、大学に出した甲斐がありましたね。

室伏 ははは。本当、よく見つけてきましたよね。

飯出 上野屋には、源泉は2本あるんですか?

室伏 そうです。そのうちの1本を使っています。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯
▲「六瓢 (むびょう) の湯」の大きいほうの浴場には浴槽が2つ。22時に男女交替制。

 

飯出 それで、毎分何リットルくらい出るんですか?

室伏 許可量で毎分79リットルです。今、常時70リットルくらい出てます。

飯出 十分ですよね。

室伏 余ってますね。

飯出 でしょうねぇ。かなり熱いですよね。

室伏 源泉は82℃くらいあります。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯
▲こちらは「六瓢 (むびょう) の湯」の小さいほうの浴場は、大きめの浴槽が1つ。

 

飯出 湯を張り替える時だけ加水するって書いてありますね。

室伏 ちょっと前までは冷まし湯を使ってたんですけど、機械が壊れちゃったもんでね。

飯出 修理するのは大変なんですか?

室伏 クーリングタワーを使ってたんですよ。付け替えてもまた5~6年でダメになっちゃうんで。(※現在は、湯張り後、熱い源泉を水冷タンクで熱交換して冷やした源泉を湯船に注いでいる)

飯出 湯口のひょうたん型にびしっとついている湯の成分、あれはカルシウム?

室伏 主成分の塩化ナトリウムと副成分の石膏分(硫酸カルシウム)が混じったものの結晶ですね。

飯出 舐めるとしょっぱいですかね?

範子 ちょっとしょっぱいです。

室伏 そうね。俺はあんまりしょっぱさは感じないけどねぇ。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯の湯口
▲「六瓢(むびょう)の湯」は無病にかけた命名。湯の成分が固まった湯口が印象的。

 

湯河原の繁栄と上野屋の建物

飯出 以前、湯河原温泉は「東京から一番近い温泉」ってキャッチフレーズでしたよね?昔は、湯河原って言ったら大したもんでしたけどね。

室伏 そうですねぇ。旅館が100軒以上ありましたし、寮や保養所も100軒以上ありましたから。

飯出 今、旅館はどのくらいですか?

室伏 60軒くらいですかね。本当に小さい旅館も含めてね。辞めちゃったとこが多いですね。

飯出 大体、川を挟んで向こう側は熱海でしょ?熱海市だけど、旅館組合としては一緒なんですか?

室伏 いえ、一応別なんですけれど、湯河原の旅館組合にも入ってくれてます。

飯出 あぁ、そういうことなんですね。

室伏 湯河原が有名になったのは、日清戦争、日露戦争のときに陸軍が保養に来て、太平洋戦争のときは海軍が来て。で、湯河原の温泉が傷に良く効く湯だということで、軍のみなさんが宣伝してくれたんですね。それで全国的にも有名になりました。

飯出 温泉地は、負傷病兵を治して、もう一度戦地へ送り出す再生工場みたいな役割を担ったんですよね。武田信玄の隠し湯なんかもみんなそういう目的だったと言われてますね。で、現在の建物ですが、玄関棟は昭和何年築ですか?

室伏 1937(昭和12)年です。

飯出 そうすると、ここが一番新しいんですね?

室伏 はい。

飯出 私が昨日泊めていただいた棟は、あれはなんて呼んでるんですか?

室伏 「洗心閣」です。

湯河原温泉・源泉上野屋/本館の階段
▲本館の階段。木造旅館ならではの磨き抜かれた光沢は、歴史という時を経てこそ。

 

飯出 で、別館はただの別館?(笑)

室伏 そうです(笑)。昔は、「中通り」って呼んでいたんですけど、意味がわからないんですよね。ただ、便宜上別館にしたんですけど。

飯出 洗心閣が1930(昭和5)年築。別館は1923(大正12)年築というと、関東大震災の年ですね。

室伏 温泉場のこの辺りは、地盤が固くてけっこう大丈夫だったようですね。

飯出 別館は2階建て、洗心閣は一応5階建てなんですよね?

室伏 正確には4階建てで、5階部分は離れになりますね。現在、足湯と休憩室にしている部分です。

飯出 で、玄関棟は2階建てですよね。玄関棟には客室はあるんですか?

室伏 2室だけあります。洗心閣が10室、別館は6室ですね。

飯出 全部で18室ですね。部屋の造りはみんな違うんですか?

室伏 部屋の中の造りは違ってますね。

飯出 広さ的にもいろいろ?

室伏 一応、8畳の部屋と10畳の部屋、6畳+8畳で14畳の部屋なんですけど、部屋によって周り廊下になっていたり次の間があったりします。

飯出 トイレ付きはこの中で何部屋あるんですか?

室伏 トイレ付きは8室です。その他に、バス+トイレ付が3室です。

飯出 そうすると、トイレなしの部屋はいくつもないってことですね。

室伏 そうですね。18室のうち2室は6畳の部屋なので、お泊まりにはあまり使ってないんですよ。実質は16室なんですよね。

飯出 トイレはみんなウォシュレット?

室伏 だいぶ早めにウォシュレットにしましたね。

飯出 やはり、ウォシュレットじゃないとダメですよね。どの宿でも他がイマイチでも、トイレがウォシュレットならワンポイント上がりますよ。

範子 トイレ周りは本当にそうですね。

室伏 共同トイレはもしかしたら和式の方が良いかもと思って2つ残したんですけどね、100%誰も使わないですね。和式トイレは、スクワットで良いらしいけど(笑)。

飯出 まだ、元気な人は良いですけど(笑)。今は和式トイレは使わないですね、家庭がウォシュレットになっちゃってるし。

湯河原温泉・源泉上野屋/本館の客室「五拾貮番」
▲本館の客室「五拾貮番」。意匠を凝らした造りを眺めていると時間を忘れる。

 

「八流で十分」という母の教え

飯出 料金的には料理は一緒で、部屋のタイプで分かれている感じですね?

室伏 はい、そうですね。

飯出 国の登録有形文化財のお宿にしては、ずいぶんお値段抑えてますよね。まぁ、年末年始とかの特定日は別でしょうけど。

室伏 そうですね。

飯出 ここは、普段は1万5000円前後で泊まれるんですよね?

室伏 トイレ無しの部屋だと税別1万3500円で泊まれます。

飯出 それは安いですね。

室伏 休前日はプラス3000円、GWや盆正月は特別料金になりますけど。

範子 なので、何度もいらっしゃる方多いですよ。毎月とか。帰りがけに次の予約をして行かれる方もいますね。

飯出 リピーターが多いんですよね。

室伏 今はインターネットの時代ですから、お正月は毎年いらしているお馴染みさんを先に取って、それからネット予約はオープンにしてますね。ネットをオープンにすると、若い方の予約がすぐ入りますね。

飯出 やはり、お二人が多い?

室伏 基本的には、カップルですね。

飯出 部屋があっても、人数少ないと大変ですね。

室伏 これはもうしょうがないですね。時代の流れでね。

範子 時代の流れに沿っていければ良い、と思ってるんですよね。

室伏 うちの場合はですね、どちらかというと温泉宿ということで、あまり格式張らないで背伸びしないという昔からの方針なんです。

飯出 昔からの方針なんですね。

室伏 私の初仕事で、この大風呂を改築した時に、僕らもまだ若いからちょっと格好つけて高級旅館にしたいって気持ちがあるじゃないですか。でも、母はもう絶対ダメっていう(笑)。母は1から10まで仕事を仕切りたい人で、大風呂の改築プランも母の頭の中にあったようですが、「大風呂の改築は俺にやらせろ」と仕事を横取りしました。

飯出 ほう、やりましたね(笑)。

室伏 この大風呂の改築以後、母は上野屋の経営を私に任せるようになりました。1985 (昭和60) 年、母が76歳の時でしたね。

湯河原温泉・源泉上野屋/夕食の一例
▲夕・朝食とも椅子席の食事処に用意される。写真は夕食の一例(ほかにも数品付く)。

 

範子 母が私に、「八流で十分ですわよ」って言いました。「一流なんか目指したらあなた一生仕事ですよ。毎日ずっとお着物も着ていなければならないし、身つくろいから大変なことですよ。」と。

室伏 まぁ、一流旅館っていうのはホストが一流じゃないと厳しいと(笑)。

範子 そうそう、自分たちが一流じゃないと続かないですよ~(笑)

室伏 まぁ、でもそれで良かった気がしますね。みんなどこもかしこも高級旅館にして続かないところの方が多かったですから。うちはずっとこういう形でやってきたので。

飯出 お母さん、厳しい人でした?

範子 すごく厳しい方でした。私の着物姿を見て、帯留めが季節と合わないと、帯留めを何色にしていらっしゃいと。終いには母がイライラして3本持ってきなさいと言って、ビシバシやられましたね。で、帯なんか投げられたりして(笑)。怖かったですよ~。

飯出 けっこう、一流目指してるじゃないですか(笑)。

範子 結局、そういうきちっとした方を相手にしていますから。

室伏 (大切なお馴染み様の予約が入ると) 掛け軸なんかも、半月くらい前からどの掛け軸にしようか、お料理は何を出したら喜ぶかってそんなことばかりでしたね。

飯出 ご主人のお母さんはお嫁さん?

室伏 そうです。駅の近くの農家なんですけど。父親が町長やられてましたね。

飯出 へぇ。で、親父さんはどういう感じだったんですか?

室伏 あの人はうちにはあまりいない人でした。旅館のことは一切やらなかったですね。母任せで。

飯出 昔の旅館の親父はそれで済んだんですよね。

室伏 本当に良い時代ですよ(笑)。

範子 でも、今料理を手伝いに来ている若い人がね、「僕、いろいろなところに行ってますけど、ここが一番すごいことがわかりました。お料理をここが一番きちっとやっていて、それで料金が半分以下ですよ」と。「でも、儲からないですよね」とも言われちゃって(笑)

 

貸切露天のおかげで生き延びた?

飯出 儲からないっていっても、この建物維持するのが大変でしょ?

範子 大変ですよ~。

室伏 10年前くらいはそんなにお金かからなかったんですけど、あちこち直さなきゃいけないところが出てきて。まぁ、木造の建物なんで、虫歯と一緒で早めにお医者さんにかけると被害が少ないんです。だから、気がつけばすぐに直してる(笑)。

飯出 そうですよね。もともと、内湯しかなかったと思うんですけど、半露天は後から造ったんですよね?

室伏 あの場所にサッシ窓のついたお風呂があったんです。4階建ての建物で玄関脇の風呂まで来るのは大変だから、最初は一つの湯船だったんですけど、僕が小さい頃にああいう形で2つに分けたんですよ。その風呂を窓を取っ払って半露天にしたんです。

飯出 それは、露天風呂がないと、なんだかんだ言われるようになったから?

室伏 ご近所の「伊藤屋」さんのご主人に教わったのです。貸切露天を造ればお客様がたくさん来るよと…。ちょうど貸切露天が流行り始めた頃ですね。でも、そのおかげでうちは生き延びたところはありますよ。インターネットがちょうど普及し始めた頃で、「貸切露天風呂」で検索して、若い方がいっぱい来てくれました。

湯河原温泉・源泉上野屋/貸切半露天風呂「洗心の湯」
▲貸切半露天風呂「洗心の湯」は本館4階にあり、浴槽は2ヵ所。こちらは「藤木」。

 

飯出 やはり、貸切露天風呂って若い方に人気なんですか?

室伏 今でも人気ありますね。なんか1人で入るより落ち着くらしいですね。なので、中年の方でも利用されますよ。

飯出 知らない人と大浴場に入るよりは気が楽なのかな。

室伏 これは最初造ったときは予想外だったんですけど、ご年配の方は旦那様が入ってる間、奥様は心配なんですよね。そういう意味では、貸切だと見てられるから安心なんでしょうね。

飯出 なるほど。術後の傷跡を気にする方とかにも、こういう貸切風呂があるというのは、良いですよね。段々、若いカップルだけじゃない用途は増えているようですね。5階部分にあたる足湯はいつくらいに造ったんですか?

室伏 2007 (平成19) 年に造りました。

飯出 あそこは何もなかったんでしょ?1室だけ客室があったんですか?

室伏 今、休憩室みたいになっているところが和室でつなぎ部屋 (離れ) だったんです。

飯出 5階は1組だけ泊まれる特上なお部屋だったんですね。

室伏 普段は使ってないんですけど、おなじみのお客様があそこを指名するんですよ。

飯出 まぁ、一番偉くなった気分になるような場所ですよね。

室伏 開放感があるというか、良い気が流れています。

飯出 足湯を造った場所は、ベランダみたいな感じだったんですか?

室伏 貸切風呂の上で、何もなかったんですよね。

湯河原温泉・源泉上野屋/展望足湯「仄幸(そくさい)の湯」
▲最上部にある展望足湯「仄幸 (そくさい) の湯」。こちらは息災にかけた命名だ。

 

飯出 そういえば、今朝早く出発されたみたいですけど、欧米のお客さん来てましたね?

室伏 えぇ、2泊されましたね。

飯出 インターネットで予約?

室伏 ネット予約でしたね。うちを知っている方がいて、紹介されたみたいですね。

飯出 海外のお客さんの場合、言葉はどうしてるんですか?

室伏 娘がカタコトで対応してます。わりと慣れてる外国人の方が多いので、そこまで苦労はしてないですね。

飯出 まぁ、こういう宿に泊まるということは旅慣れてますよね。

室伏 我々が学生時代の頃は、外国の方ってパブリックバスってあまり入らなかったですけど、今は外国の方の方が進んで入られますね。館内を浴衣で嬉しそうに歩いています。

飯出 そうですか。僕の知っている旅館では、こたつがあると外国の方は喜ぶと言ってましたよ。

室伏 日本人にはこたつは不評みたいですね。立ち上がれないとか、子供が落ちるとか。

範子 年代もあると思いますけどね。

室伏 外国の方はお食事もお部屋出しにした方が喜びますね。日本に来ないとできない経験みたいですね。


▲こちらは貸切半露天風呂の「千歳」。混雑時はフロントに申し出る予約制になる。

 

なにもかも自分の中に収めるのが極意

飯出 今までずっとやってきて、すごく大変だったことは奥様から見るとどういうことですか?

範子 私、後ろを見られない、前しか見られないタイプなんです。すべて抜けて忘れちゃうんです(笑)。

飯出 素晴らしい!(笑)

室伏 そう、素晴らしいんです(笑)。

範子 だから、どの方が嫌いとかなんとか仰る方いますけど、そういうの全然ないんです。その方はその方の性質、特質だから、あの人はああいう方ねと思って、それはそれで自分の中に収めちゃう。それ以上、嫌な感じはその方から受けないようにしています。すべて前を向いて。でも、その代わり全然反省も何もないからダメなんですよ(笑)。

飯出 でも、それはものすごく助かりますよね。

室伏 この商売には、本当に助かります。真剣に人の言うことを全部受け止めていたら大変ですよ。

範子 みんな良い方だと思ってますから、一番怖いのは自分って思ってます。すべて自分から発信しているんだから、相性もすべて自分がきちっとしていれば良いはずだから。あとは、何かあっても自分が悪かったのかしらと思って、自分の中に収めて忘れちゃいます。

飯出 収めて自分の中で忘れちゃう(笑)。良いですねぇ。奥さまは末っ子ですか?

範子 長女です。ただ、田舎で大きい家で、おじいちゃんやおばあちゃん、叔父や叔母がいたり、お手伝いさんがいたりの大家族で、毎日人と接してました。おじいちゃんやおばあちゃんが色々なことをなさっていたから、人の出入りがしょっちゅうで。ご飯なんていうと、人が見えるから、自分たちのおかずはどなたが見えたからごめんね、って持っていっちゃったり。そんな感じの田舎屋だったんで、細かく思ってもしょうがないかなと。

室伏 40年近く一緒にいるけど、まるっきり考え方が違うんですよ。いまだにこういう考え方もあるのかと(笑)。

範子 表と裏なんですよ。

飯出 それで、「2人で1人」なんですね(笑)。

範子 いつも一緒にいなくてバラバラですから。まぁ、用事のときは隣に座っていただきますけど(笑)。

飯出 ご主人は色々と考えるタイプ?

室伏 そうですね。どちらかというと、考えないと動けないタイプです。

飯出 まぁ、お互い歩み寄るしかないですよね。

範子 はい。もちろんお食事なんかは合わせますけど。

室伏 食事を一緒に摂るのはコミュニケーションですね。こういう広いところだから、小さい家で四六時中顔合わせているのと違いますからね。

飯出 従業員の方も多いから、お2人のことをどうのこうのと言ってる暇はないですよね、きっと。

範子 若い頃も、喧嘩すると、この喧嘩は夜にしてねってお互いに。今喧嘩している暇ないから、後で時間ができたら喧嘩しましょうって(笑)。

飯出 ははは。でもご主人は勝てないでしょ?

室伏 はい(笑)。でも、あまり喧嘩しないよね?大きい喧嘩はねぇ。

湯河原温泉・源泉上野屋の室伏常夫・範子夫妻
▲室伏常夫・範子ご夫妻。「2人で1人」を自他ともに認める、おしどり夫婦である。

 

飯出 私と妻も、お2人と年の差がほぼ同じなんですけど、僕が若い頃から家にいない生活だったんで、続いてきたようにも思いますね。

室伏 年間100日以上温泉ですもんね。

飯出 いや、ここ数年はもっぱら山登り優先なんで、温泉は年50日くらいですかね。ところで、室伏さんはまだスキーしてるんですか?

室伏 夢中でしてますね。野沢温泉に「湯宿とうふや」という旅館があって。女将さんがすごく気っ風の良い方で。あと、八方や、ときどき妙高にも行きますね。

範子 スキーは、北海道も行きましたよね? 1年に1回?

室伏 そんなに行ってないよ~。まぁ、2回くらい行ったかな(笑)。

飯出 へぇ。北海道は奥さんも付いて行くんですか?

室伏 そうね、付いて来たねぇ。しょうがないから小樽に泊まって、カミさんを小樽で降ろして…。ニセコまで遠かったなぁ。

範子 私は小樽で遊んでました(笑)。

飯出 私は、野沢は「住吉屋」さんと懇意にしてましたね。私なんかの商売は、ある程度懇意な宿ができちゃうと、他の宿に泊まりにくいんですよね。

室伏 そう、泊まりにくくなっちゃいますよね(笑)。

範子 後で、どうして泊まらなかったの?って言われちゃいますよねぇ。

飯出 他の宿にも泊まってみたいので、内緒で泊まったりするとバレるんですよね~(笑)

室伏・範子 ははは。

飯出 「ちょっとぉ、来てたんだって~」なんて後から言われるんですよ。まぁ、良し悪しですよね(笑)。しょうがないですけど。

室伏 野沢は良いとこですよね。夏も良いし、冬も良い。ところで飯出さん、温泉の話はもうしなくて良いですか?

飯出 ははは。そうですね、これから上野屋をどんなふうにすすめていきたいですか。

室伏 私も温泉や見知らぬ土地が好きで、全国いろいろな所を旅行しました。私だったらこの位の料金でこんな宿に泊まりたい、というイメージが自分の中にありましてね。上野屋もそのイメージに近づけるように、心がけてきたような気がします。

温泉達人・飯出敏夫と湯河原温泉・源泉上野屋・伏常夫・範子夫妻

 

…あとがき…

最初に「源泉 上野屋」を訪ねたときは、国の登録有形文化財の堂々たる構えに気圧され、敷居が高かった記憶がある。
しかし、その記憶は泊まってみて、いい意味で覆された。
第一、玄関で出迎える最近のご主人はいつもお孫さんを抱き、あやしながらニコニコと笑っていて屈託がない。
宿の構えとは裏腹に、偉ぶるでもなければ、いい意味で貫禄もない。
てきぱきと接客する女将さんも同様で、堅苦しさという雰囲気がまったくない。
この空気感こそ、この老舗宿の真骨頂なのだと思う。
特定日を除けば、この手の宿にしては驚くほど安価だし、居心地もすこぶる良い。
こういう宿に泊まると、宿はやはり器ではなく、人なんだなぁ、と思う。
そして、佳宿とはこういう宿のことを言うのだ、と改めて思った。

(公開日:2019年10月24日)

◆カテゴリー:湯守インタビュー


 

▼【湯河原温泉・源泉上野屋】詳細はこちら

湯河原温泉・源泉 上野屋/内湯「無瓢の湯」

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