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Vol.14/湯河原温泉 源泉上野屋・室伏 常夫 範子

「2人で1人」を合言葉に創業三百年の老舗を継承するおしどり夫婦の極意

湯河原温泉は『万葉集』にも詠まれた日本屈指の古湯である。
その中心部にあって、江戸中期創業の歴史を刻み、昭和初期築の風格漂う木造4階建ての本館のほか、玄関棟と別館を構えるのが「源泉 上野屋」だ。
すべての建物が国の登録有形文化財である。
それでいて、肩の凝らない、家族的ともいえる気やすい雰囲気を醸しているのが、この宿の真骨頂。
そんな居心地のよい宿に仕上げた「2人で1人」を合言葉にする、おしどり夫婦の極意に迫るインタビュー。

湯河原温泉 源泉上野屋・室伏常夫・範子
室伏常夫・範子 (むろふし つねお/のりこ) /1949 (昭和24) 年9月30日、神奈川県湯河原温泉きっての老舗旅館「源泉上野屋」の長男として生まれる。地元の中学校から名門・小田原高校、成蹊大学経済学部に進み、三重県鳥羽市の小涌園で2年間修業してから上野屋に入り、のちに明治から数えて6代目を継承。高校時代は山岳部に属し、現在も登山やスキーに興じるスポーツマン。6歳下の範子夫人とは自他ともに認めるおしどり夫婦で、自ら「2人合わせて1人前」と称し、インタビューも2人一緒であれば、という条件付きだった。主人は、湯河原温泉旅館協同組合副理事長、神奈川県自然環境保全審議会温泉部会委員も務める (2019年10月現在)。

 


水戸黄門も泊まった老舗宿

飯出 上野屋さんという名称はどこからきているんですか?

室伏 僕の想像だと、うちの下が中屋っていうんですけど、昔は「下の〇〇」とか「上の〇〇」って集落で呼びますよね。そういう感じなんじゃないかなと思うんですけどね。ただ、はっきりはしませんけど。

範子 私が聞いているのは「上野」って地名だったそうです。

飯出 こちら創業300年って書いてありますけど、確かな創業年度はわかるんですか?

室伏 江戸時代にはもうやっていたようですけど、うちに「水戸黄門の重箱」ってのが残されてまして、水戸光圀公がこちらに立ち寄られたっていう謂われがあるんですね。

飯出 ほぅ。一応、創業300年っていうのが謳い文句になってるんですよね?

温泉達人・飯出敏夫

室伏 うちの母親がねぇ、昔パンフレット作るときにね、そういうふうに発表しちゃったので、そのままですね(笑)。

飯出 へぇ。ご主人は何代目になるんですか?

室伏 明治以降で6代目ですね。はっきりしないんですよね。調べなきゃいけないんですけど。

飯出 ご主人は、ご兄弟は何人?

室伏 3人で、姉、自分、次男です。

飯出 じゃあ、生まれた時から継ぐって覚悟は決まってたんですか?

室伏 決まってたっていうか、刷り込まれてましたね(笑)。

飯出 高校はここから通えたんですか?

室伏 はい、小田原へ。その後、成蹊大学に進学しました。

飯出 大学の専攻はなんですか?

室伏 一応、経済だったと思うんです(笑)。

飯出 だったと思うって(笑)。昨日、奥さまに聞いたんですけど、高校時代、山岳部だったんですって?

室伏 そうなんです。あ、そんなことまで話しちゃってるんですか(笑)。

飯出 えぇ、ほとんど聞きましたよ。お二人の馴れ初めとかも(笑)。大学時代は何かサークルは入ってたんですか?

室伏 大学では1年間だけ山岳部に入ったけど、基本的には高校の時の仲間と山岳部のOB会っていうのがあって、そちらで一緒に登ってましたね。

飯出 で、大学卒業されてすぐ戻られたんですか?

室伏 2年間、鳥羽 (三重県) の小涌園で勉強してから、24歳くらいに上野屋に戻りました。

湯河原温泉・源泉上野屋/外観
▲上野屋のエントランスに立つと、国の登録有形文化財の建築美に思わず見惚れる。

 

おしどり夫婦の馴れ初め

飯出 で、すぐ奥さまと結婚されたの?

室伏 いえいえ、僕が30歳のときですから。

範子 私が24歳のときです。私は東京で勤めていたんです。

飯出 そうそう、奥さんも東京に出られていたんですよね。何されてたんですか?

範子 出光興産です。知り合いのところだったもので。

飯出 お見合いですか?お見合いってほどの格式ばったものではない?

範子 ないです(笑)。

室伏 うちの母親の実家で、ちょっと会わされたっていうところですね。

飯出 お母さんの実家ってどちら?

室伏 湯河原駅のすぐ近くです。

範子 お母さんの実家も知り合いだから。

飯出 ちょっと来いよって感じ?もう会うときはそういう感じだったんでしょ?

室伏 まぁ、結婚を前提でしたから、そういう感じですね。

範子 もう、24歳になるときだったから、父がいつまでも遊んでないでくれと。

飯出 遊んでないでしょ。勤めてたんでしょ?(笑)

範子 まぁ、でもフラフラしてましたから。

飯出 お給料もらって自活してたんでしょ?

範子 でも、仕送りもしてもらってましたし。甘いんですよ、父は(笑)。こちらに来てからも、ほいっお小遣い、なんていただいてました。恩返ししないと。91歳で、今も元気にしてるんです。

飯出 奥さんは長女でしょ?

範子 はい、あと2人、弟がいます。

飯出 女の子1人かぁ。じゃあ、お父さん甘いっすよ。でも、お父さん早く嫁に行けって言ったんですか?

範子 田舎のことですから、24歳くらいになるともうそろそろ家に置かれないというような感じで。

飯出 お見合いしてすぐOKだったんですか?

範子 そんなことないですよ。2人だけじゃないけど、スキー行ったり、テニスに連れて行ったりしてもらったんですよ。

室伏 でも、1年もなかったかな。

範子 もう親がうるさくて。「どっちにするの?決めなさい」って(笑)。

飯出 ご主人はお見合いした時点ですぐOK?

室伏 そうですね。わりに親しみやすい顔してるなと(笑)。

温泉達人・飯出敏夫と湯河原温泉上野屋室・伏常夫・範子夫妻

範子 おばあちゃんは、あなた取り柄がないから旅館行ったらどうかしらって言いましたよ。大学行ったから、母みたいにお着物が縫えるとかスーツが縫えるとかやってないから。だから、旅館ならニコニコしてれば良いんじゃないのと(笑)。

飯出 はぁ。

範子 あと、「男の人はあまりお金持ってるとダメよ。あまり貧乏な人もダメよ。ほどほどの人が良いわよ」と(笑)。明治のおばあちゃんの話ですからね。今の時代の子は良いわねって言ってました。

飯出 まぁ、お宿はやっぱり女将さん次第ってところはありますね。

室伏 そうそう、僕が出ると、まとまる話もまとまらなくなる(笑)。

範子 いえ、そんなことはないですけど…。

飯出 まぁ、勘どころはご主人なんだろうけど、普段の接客は女将さんですよね。

範子 40代、50代はずっと着物を着てたんですけど、朝起きると着物着て、寝るまで着物だったんです。

飯出 え~、そうなんですか。

室伏 腰痛めちゃったんですよ。

範子 狭窄症になりまして。手術しようと思ってたんですけど、セカンドオピニオンでもう一つ行ってみたらって言われて、知り合いの先生のところに行ったらこれは手術しない方が良いと言われて。針灸を勧められて、それを続けたら治っちゃいました。

飯出 え、治っちゃった?僕も狭窄症で、痛くて歩けなくなりました。無理して山に登って、なんとか「日本百名山」を登り切ったんで医者行ったら、手術になっちゃった。

室伏 手術して良くなりましたか?

飯出 狭窄症からの痛みは取れましたが、まだちょっとフワフワしてますね。手術した箇所以外にも狭窄している部分があるから、まだ少し痛いです。

範子 痛いのは辛いですよねー。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯
▲玄関棟1階の大風呂「六瓢(むびょう)の湯」は男女入替制の大小の湯船がある。

 

跡継ぎは次女夫婦

飯出 お子さんは3人で、お兄ちゃんとお姉ちゃんが1人ずついるんだけど跡は継がないで、次女の和子さんが継がれたんですよね?

室伏 お兄ちゃんが跡を継がないってなった時、「じゃあ、私がやります!」と次女の和子が…。

飯出 お兄ちゃんは継ぎたくないって?

室伏 まぁ、そんなところですね。

範子 東京で勤めて、家も買ってますしね。

飯出 次女の和子さんが宿を継ぐことになった経緯は?

範子 和子は、大学時代に連れ合いとゼミで一緒になって結婚したんです。

飯出 ほう、えらいですねぇ。ちゃんと旦那さんを見つけて連れて帰ったわけですね。そりゃ、大学に出した甲斐がありましたね。

室伏 ははは。本当、よく見つけてきましたよね。

飯出 上野屋には、源泉は2本あるんですか?

室伏 そうです。そのうちの1本を使っています。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯
▲「六瓢 (むびょう) の湯」の大きいほうの浴場には浴槽が2つ。22時に男女交替制。

 

飯出 それで、毎分何リットルくらい出るんですか?

室伏 許可量で毎分79リットルです。今、常時70リットルくらい出てます。

飯出 十分ですよね。

室伏 余ってますね。

飯出 でしょうねぇ。かなり熱いですよね。

室伏 源泉は82℃くらいあります。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯
▲こちらは「六瓢 (むびょう) の湯」の小さいほうの浴場は、大きめの浴槽が1つ。

 

飯出 湯を張り替える時だけ加水するって書いてありますね。

室伏 ちょっと前までは冷まし湯を使ってたんですけど、機械が壊れちゃったもんでね。

飯出 修理するのは大変なんですか?

室伏 クーリングタワーを使ってたんですよ。付け替えてもまた5~6年でダメになっちゃうんで。(※現在は、湯張り後、熱い源泉を水冷タンクで熱交換して冷やした源泉を湯船に注いでいる)

飯出 湯口のひょうたん型にびしっとついている湯の成分、あれはカルシウム?

室伏 主成分の塩化ナトリウムと副成分の石膏分(硫酸カルシウム)が混じったものの結晶ですね。

飯出 舐めるとしょっぱいですかね?

範子 ちょっとしょっぱいです。

室伏 そうね。俺はあんまりしょっぱさは感じないけどねぇ。

湯河原温泉・源泉上野屋/六瓢の湯の湯口
▲「六瓢(むびょう)の湯」は無病にかけた命名。湯の成分が固まった湯口が印象的。

 

湯河原の繁栄と上野屋の建物

飯出 以前、湯河原温泉は「東京から一番近い温泉」ってキャッチフレーズでしたよね?昔は、湯河原って言ったら大したもんでしたけどね。

室伏 そうですねぇ。旅館が100軒以上ありましたし、寮や保養所も100軒以上ありましたから。

飯出 今、旅館はどのくらいですか?

室伏 60軒くらいですかね。本当に小さい旅館も含めてね。辞めちゃったとこが多いですね。

飯出 大体、川を挟んで向こう側は熱海でしょ?熱海市だけど、旅館組合としては一緒なんですか?

室伏 いえ、一応別なんですけれど、湯河原の旅館組合にも入ってくれてます。

飯出 あぁ、そういうことなんですね。

室伏 湯河原が有名になったのは、日清戦争、日露戦争のときに陸軍が保養に来て、太平洋戦争のときは海軍が来て。で、湯河原の温泉が傷に良く効く湯だということで、軍のみなさんが宣伝してくれたんですね。それで全国的にも有名になりました。

飯出 温泉地は、負傷病兵を治して、もう一度戦地へ送り出す再生工場みたいな役割を担ったんですよね。武田信玄の隠し湯なんかもみんなそういう目的だったと言われてますね。で、現在の建物ですが、玄関棟は昭和何年築ですか?

室伏 1937(昭和12)年です。

飯出 そうすると、ここが一番新しいんですね?

室伏 はい。

飯出 私が昨日泊めていただいた棟は、あれはなんて呼んでるんですか?

室伏 「洗心閣」です。

湯河原温泉・源泉上野屋/本館の階段
▲本館の階段。木造旅館ならではの磨き抜かれた光沢は、歴史という時を経てこそ。

 

飯出 で、別館はただの別館?(笑)

室伏 そうです(笑)。昔は、「中通り」って呼んでいたんですけど、意味がわからないんですよね。ただ、便宜上別館にしたんですけど。

飯出 洗心閣が1930(昭和5)年築。別館は1923(大正12)年築というと、関東大震災の年ですね。

室伏 温泉場のこの辺りは、地盤が固くてけっこう大丈夫だったようですね。

飯出 別館は2階建て、洗心閣は一応5階建てなんですよね?

室伏 正確には4階建てで、5階部分は離れになりますね。現在、足湯と休憩室にしている部分です。

飯出 で、玄関棟は2階建てですよね。玄関棟には客室はあるんですか?

室伏 2室だけあります。洗心閣が10室、別館は6室ですね。

飯出 全部で18室ですね。部屋の造りはみんな違うんですか?

室伏 部屋の中の造りは違ってますね。

飯出 広さ的にもいろいろ?

室伏 一応、8畳の部屋と10畳の部屋、6畳+8畳で14畳の部屋なんですけど、部屋によって周り廊下になっていたり次の間があったりします。

飯出 トイレ付きはこの中で何部屋あるんですか?

室伏 トイレ付きは8室です。その他に、バス+トイレ付が3室です。

飯出 そうすると、トイレなしの部屋はいくつもないってことですね。

室伏 そうですね。18室のうち2室は6畳の部屋なので、お泊まりにはあまり使ってないんですよ。実質は16室なんですよね。

飯出 トイレはみんなウォシュレット?

室伏 だいぶ早めにウォシュレットにしましたね。

飯出 やはり、ウォシュレットじゃないとダメですよね。どの宿でも他がイマイチでも、トイレがウォシュレットならワンポイント上がりますよ。

範子 トイレ周りは本当にそうですね。

室伏 共同トイレはもしかしたら和式の方が良いかもと思って2つ残したんですけどね、100%誰も使わないですね。和式トイレは、スクワットで良いらしいけど(笑)。

飯出 まだ、元気な人は良いですけど(笑)。今は和式トイレは使わないですね、家庭がウォシュレットになっちゃってるし。

湯河原温泉・源泉上野屋/本館の客室「五拾貮番」
▲本館の客室「五拾貮番」。意匠を凝らした造りを眺めていると時間を忘れる。

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