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Vol.9/中棚温泉 中棚荘・富岡 正樹

ファミリーで膨らむ夢は?

飯出 それで、平成館は、その新しいお湯が出たときに造ったんですか?

富岡 はい、出た後ですね。1993 (平成5) 年12月30日オープンでした。

飯出 それまでは、大正館のみでやってきた?

富岡 はい。お風呂を造らなきゃというのがあったので、玄関も一緒に平成館に造りました。


▲広葉樹の茂る斜面に建つ木造2階建ての「平成館」。部屋からは千曲川も垣間見える。

 

飯出 今まで、ご苦労はどんなところにありましたか?

富岡 それまでは、家族経営というか、身内とパートのおばちゃんとか気楽な感じでやってたんですが、事業の後を継ぐようになって人事的なことや資金調達とかもあるし、気楽ではなくなりましたね。

飯出 今は、ここは会社組織?

富岡 株式会社です。

飯出 それは、平成館を建てる頃に会社組織にしたんですか?

富岡 そうですね、そのちょっと前ですね。

飯出 でも、どこも後継者で悩んでいるところが多いですけど、中棚荘に限っては後継者がいすぎてどうするのか、って感じですよね(笑)。

温泉達人・飯出敏夫

富岡 それは、もう本当にお陰様で。最初は誰も帰ってこないかと思って覚悟してたんですけど、みんな帰ってきてくれて、それぞれにやってくれています。

飯出 父親としては、子供たちの役割分担が大変じゃないですか?

富岡 なかなか親の思う通りにはいかないですね。

飯出 正樹さんとしては、子供4人がそれぞれ中棚荘に関わって仕事をしてほしい、という気持ちなんですか?

富岡 そうですね、せめて関連会社とかであれば良いと思うんですが…。

飯出 中棚荘の場合は、家業とは言えないくらいの規模になっちゃってるじゃないですか。

富岡 それぞれ、好きな分野で、グループでやってくれればと。

飯出 中棚荘は長男の直希くんが担い、直希くんの奥さんは「ブライダル」部門の責任者。長女の志穂ちゃんは結婚して横田姓になったけど、旅行部門「ヴェレゾンツアー」の責任者で、料理人の夫君は中棚荘の貴重な担い手になっていますよね。次男は別の仕事をされているようですが、3男の隼人くんがこれからワイナリーをやっていくわけでしょ?(ジオヒルズワイナリーは2018年11月1日にオープン)


▲2018年11月1日開業の「ジオヒルズワイナリー」に勢揃いした富岡ファミリー。

 

富岡 はい。まぁ、(ワイナリーが) 落ち着くのは、5年後とかですかね。

飯出 稼働しても、すぐに製品にはならないでしょ?

富岡 今のところ、ブドウは14年前から作ってるんで、稼働すればワインは出来ますけどね。

飯出 今までは、委託醸造していたのを、今度は自前の工場で作るってことですよね?

富岡 はい。

飯出 なかなか遠大な計画ですね。

富岡 「千曲川ワインバレー構想」とか言って、ライバルは増えてきちゃったんだけど(笑)。

飯出 なるほど。まぁ、でもあそこの場所 (ワイナリーが建つ御牧ヶ原) はなかなかすばらしいところだから。

富岡 最後に残った秘境とまではいかないけど、未開発のところですよね。

飯出 あそこで将来的にワイナリーがあって、ワインレストランがあると、いい場所になりますよね。

富岡 オーベルジュみたいなのができるといいですよね。結婚式もやりたいという話が出てたりもします。


▲小諸の市街地を眼下に、浅間連山を一望する「ジオヒルズワイナリー」のテラス席。

 

飯出 ブドウ園ももっと広げないと足りなくなるでしょ?

富岡 広げたいんだけど、苗木がなくて。

飯出 そうか、やっぱりそれぞれの子供が独立採算でグループ会社としてやっていけるようになるのが理想ですね。やっぱ、志穂ちゃん (長女) は旦那が腕のいい料理人だから、そこをうまく活かすと良いと思うんですけど。

富岡 飲食の方でやってもらえればね。

飯出 中棚荘とは、どういうふうにしていこうと思ってるんですか?中棚荘は直希くん (長男) が継いでいくわけでしょ?

富岡 もう、そろそろ私があんまり口出すと…。

飯出 だって、口出してないでしょ?

富岡 私というか、女将が一所懸命やってるんですけど。

 

ホントにやりたいのは旅行業!?

飯出 正樹さんは何年生まれですか?

富岡 1956 (昭和31) 年です。

飯出 ということは、いま62歳でしょ?62歳じゃ、まだ旅館から手を引くのは早すぎますわなぁ。

富岡 だから、ワイナリーを立ち上げて。

飯出 そっちの方をやりたいわけ?

富岡 いや、まだやりたいことは色々あるんだけど。

中棚荘・富岡正樹さん

飯出 まぁ、直希くんにどの段階で引き渡すことにするか、ですね。

富岡 もう、旅館部門はいつでも良いかなと。

飯出 まだ早いと思うけど、まぁ、過渡期ですね。

富岡 日本中見てると、何が良いのかよくわからない時代ですね。

飯出 まぁ、いずれ、子供が思うようにやるのを見守るしかない時期がきますよね。

富岡 もう、私も30歳でやり始めたから、(いま息子に引き渡しても) 別に出来ないことはないと思うんですよね。

飯出 正樹さん、本当はワインやりたいんでしょ?

富岡 いや、旅行会社やりたいんですよ。

飯出 旅行会社!? 企画立ててあちこち連れ歩くってこと?

富岡 はい、バス旅行。まだ、構想ですね(笑)。ワイナリーもあるし。旅行業にもなれば、北から南、どこへでも行けるようになりますから。

飯出 そうか。温コレでバスツアー企画しても良いですね。やりましょう、それ! ワイン飲み放題とかね(笑)。

富岡 旅館業の固定ではなく、もっと自由にできる形に持っていきたいですね。

飯出 まぁ、62歳ってことは、あと10年以上はいけますからね。旅館業だけでなく、支え合う何かがあると強いですよね。

~ここで、女将さん参入~

飯出 いま、いろいろ馴れ初めのこととか聞いてたんですよ(笑)。高峰のスキー場で会ったんですってね?

洋子 そんなこともありましたね。当時はそこのスキー場しかなかったんですよ。

飯出 もう、その頃のレジャーって言えばスキー場しかなかったって感じですよね。

洋子 まぁ、スケートもありましたけど。だんだんスケートからスキーになっていって。

飯出 「私をスキーに連れてって」全盛期ですもんね。その時期の洋子さんは何をしてたんですか?

洋子 OLです(笑)。ワイシャツ会社の総務やってたんです。卓球やってたんですけど、その会社が実業団持っていて。卓球の先輩がみんなその会社に入って、私も卓球がもっと上手くなりたいと思って入ったんですよ。

飯出 スポーツ一家なんですよね。子供たちも完全にその血を引いてますよね。長男、次男はレスリングのオリンピック強化選手、長女の志穂ちゃんもスキーの名手だったと聞きましたよ。で、たまたまスキーに行ったんですか?

洋子 高峰のスキー場でスキークラブがあって、そこに所属してたんですけど。そこがスキーバスというのをやったんですよ。志賀高原から草津に降りる山スキーとか、白馬も行きましたね。で、白馬のときに、たまたま席が隣だったんですよ。

飯出 なるほど~。


▲敷地内の一角に移築された食事処の「はりこし亭」は国の登録有形文化財だ。

 

洋子 すごいでしょ~、ドラマみたい(笑)。で、それがきっかけで話し始めて。スキーやる人って、上手な人に憧れるんですよ。で、主人は上手だったんですね~。だから、もし下手だったら一緒にはなってないかも(笑)。

飯出 洋子さん、正樹さんとお付き合いして、しばらくして旅館の息子だとわかるわけでしょ?しょうがないって覚悟決めたわけ?

洋子 実家は結構反対しましたね。特に祖母が反対して。(旅館業は) 水商売だって言いましたわ。

飯出 あぁ、当時はね。

洋子 頑張っても、それ以上のことやらないと認めてもらえないって言われて。

飯出 でも、その頃はお姑さんはバリバリだったわけでしょ?結構厳しいお姑さんでした?

洋子 そうですね。私が花生けてるそばから、後ろで抜いて生け直してましたから(笑)。形容詞を使わないお母さんでしたね。もう、単刀直入に「こうしなさい」「ダメでしょ」っていう感じで、遠慮がないっていうか。簡単な言葉で言うと、きついお母さんって感じで。


▲平成館の廊下はギャラリー風で、寄せられた絵手紙などが展示されていることも。

 

富岡 旅館にはそういう人いっぱいいるでしょ?今時の嫁さんは逃げ出しちゃいますね。

飯出 ほとんどそうですよね。でも、4人も子供育てたわけだから、嫁いできてしばらくは旅館のことできなかったでしょ?

洋子 とんでもございません (笑)。つわりと戦いながら…。私の実家の父と母がすごくよく面倒見てくれて、明け方来ると子供連れてって向こうで見てくれて。

飯出 あ~、その頃保育園とか、ないですもんねぇ。

洋子 だから、実家の父と母がいたから育てられたっていう気がしますね。

飯出 まぁ、当時は子育てだからと言って、家業を手伝わない嫁はありえないって時代でしたよね。

洋子 子どもおぶってお客様にお料理出したり、布団敷きやったりしてましたね。主人もおぶって料理してましたね。

中棚荘/お煮かけそば
▲「はりこし亭」の昼食に提供される人気メニューの郷土料理「お煮かけそば」。

 

飯出 はぁ~。でも、女将さんのキャラクターで政財界とか芸能界とか芸術家とか、そういうお知り合いが中棚荘を贔屓にしてくれているというのはありますよね。

洋子 そうですね。それがプラス思考になって。

飯出 この仕事じゃないと出会えない、という人と交流を持っているのは財産ですよね。

洋子 そうですね。そういうふうに思えるようになって、さらにお金までいただいて、なんて良い商売だろうって(笑)。

飯出 それで、いつのまにか「正樹さんはお婿さんだろう」と思われるほどになっちゃった (大笑)。まぁ、大変なときはもちろんあるでしょうけどね。

洋子 捨てる神あれば、拾う神じゃないですけど。

富岡 昔は、旅館が潰れるなんて考えられなかったですけどね。バブルで大きくしちゃったところはまぁわかりますけど。

飯出 最近、家業と企業ははっきりと分かれてるでしょ。家業でやってるところは労働時間はめちゃくちゃ長くて、そんなに大儲けはできないけど、なんとかみんなやってこれてる。企業になるとそうはいかないでしょ。そういう意味では、どういう宿であるのかというのは、かなり信念としてやらないと難しい時代なのかなと。

富岡 民泊も出てきましたから、これからどうなるかですね。

飯出 洋子さんは、4人の子供が将来的にこうなってほしい、と思い描いていることはありますか?

洋子 私は、それぞれの個性を生かしつつ、それぞれの立ち位置からお互いに協力し合える、そんな経営を目指して行ってほしいと思っています。

飯出 なるほど。それぞれに頑張ってますもんね。いずれにしても、今後がますます楽しみではありますね。

中棚荘の富岡正樹さんと温泉達人飯出敏夫

 

…あとがき…

富岡正樹さんは、育ちの良さを窺わせる紳士然とした物腰が印象的。
その語り口調も温厚そのものだ。
一方、接客の陣頭に立つ洋子夫人は弁舌さわやかというか、機関銃トークのパワフルレディ。
最初にお会いしたときからしばらくの間、正樹さんはお婿さんに違いない、と信じていたのは私ばかりではない(笑)。
このご夫妻はとにかく行動的。
2人でバイクを駆ってツーリングもすれば、剱岳にも登り、西穂高岳からジャンダルムを越えて奥穂高岳まで縦走もしちゃうというから、半端ではない。
救急車どころかドクターヘリだって乗った経験があるとか、ないとか。
そんな夫妻が経営する宿は、文学の香りがするクオリティの高い宿ときているから、まぁ不思議な気がしないこともない。
成長した子どもたちに囲まれ、旅行業やワイン醸造にまで乗り出した意欲、胆力は並大抵のものではない。
その活躍と発展ぶりを楽しみに、見守らせていただこうと思う。

(公開日:2018年12月16日)

◆カテゴリー:湯守インタビュー


 

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